リアンはフェルナンドを思い切り突き飛ばした。リアンを知る者なら、その細い体のどこにそんな力があったのかと問いたくなるだろう。ぜえぜえと肩で息をしながら、リアンは地面に尻をついたフェルナンドを冷めた目で見下ろす。

「俺だけならまだしも、ディアを傷つけることは許せない」

地を這うような声に、フェルナンドはごくりと唾を呑み込んだ。その出自ゆえに、誰にも逆らうことなく密やかに生きてきたリアンが感情を露わにしていることに驚きが隠せないのだ。

「……クローディアと私は夫婦となる。神が定めたのだ」

「神とやらがいるのなら、目の前に連れてきてみなよ」

「姿は見えずともすぐ傍で見守ってくださっている!それが神だ!」

リアンは目を伏せながらため息を吐くと、フェルナンドに背を向けた。

「…ほんと、変わらないね。可哀想な人」

フェルナンドは顔を歪めて「可哀想なのはお前の方だ」とリアンに吐き捨てると、脱兎の如くその場から立ち去っていった。


その姿が見えなくなった頃、リアンはクローディアに目線を合わせるように地面に膝をつくと、くしゃりと顔を歪めた。

「…兄が、ごめん」

クローディアは激しく首を横に振った。リアンが謝ることではないのに、大きな青い瞳は悲しげに揺れ、太陽を知らなさそうな白い手は微かに震えていた。

「リアンが謝ることじゃないわ」

「だとしても、兄がしたことだし、俺は弟だから…」

そう言うと、リアンは顔を俯かせた。“オトウト”は言い慣れない言葉なのか、弱々しく奏でられていた。