元上司が身の丈25センチに!可愛くってたまりません!

 ホテル北都の恭一たちが来ることは、事前に知らされていたので、試食用のケーキは店頭に出さず、とっておいてくれたらしい。
 須田は、はるばる東京から来たみちるたちに好意的だった。今日みたいなネットの人気はなくなるのも早いので、よかったらぜひホテル北都にケーキを卸したい、と言ってくれた。
 後日、また連絡することを約束して、恭一とみちるはパティスリーリリーを後にした。
 三軒目に行ったのは和菓子店だった。一倉という老舗の店で、白壁作りの美しい外観をしていた。
 恭一は、そこの現店主、一倉透とメールでやりとりし、試食させてもらう約束をとりつけていた。しかし、恭一とみちるの前に現れたのは、三代目である透の父親、二代目の一倉富蔵だった。
「透は、今、商用で出とります。お話、私が伺おうじゃないですか」
 ぱりっとした白の制服を着た白髪まじりの富蔵は、なかなかに威厳があった。伺おうと言っていても、透から話を聞かされていなかったらしい。ホテルでのウェルカムドリンクと一緒に出すお菓子を、と言うと難色を示した。
「うちのお菓子には、緑茶しか合わせてもらいたくないですな。そういうことも、透と話されてないんですか」
「二代目は、ぜひ試食してほしいと言っていらしたんですが…」
 恭一が言葉をにごす。きっとメールでの感触はよかったのだろう。恭一が思わぬ伏兵に困惑しているのが、みちるにもわかった。
「あいつもまだ三代目を継がせたばかりで右も左もわかりません。大口の注文が取れるとはしゃいだんでしょう。しかし、ホテル北都さんのお客さんが、うちの菓子を気に入る保証もどこにもありませんな」
 ありていに言えば、二代目はこの話に全く乗り気ではないのだ。こういう時、私にできることはないんだろうか、とみちるは思案したが、顔を引締めて二代目と対峙する恭一を見守ることしかできなかった。
 恭一は、一通り、ホテル北都にお菓子を卸した場合の利点などを説明したが、二代目は聞く耳を持たなかった。
 それでは、このへんで、と話を打ち切ろうとした二代目に、恭一は言った。
「あの、店頭のお菓子を見させていただいてもいいでしょうか」
 二代目は恭一の顔を一瞥してから、ご自由に、と言い放ち、店の奥に入って行った。
 恭一はじっくり和菓子の陳列された棚を見てから最中の詰め合わせを一つ買った。
 
 岡山駅まで電車で戻ったみちると恭一は、新幹線の時間まで、カフェでお茶をすることにした。
 それまで、恭一は言葉少なで、何か考え込んでいるようだった。注文していたコーヒーが運ばれてきて、みちるはカップを手にした。
 しかし、恭一は手をつけようとせず、さっき購入した一蔵の最中の詰め合わせの包装をはがし始めた。
「常務、ここで食べるんですか?」
 みちるの問いに答えず、恭一は、箱から最中をひとつ取り出し、口に入れた。
「…くそ」
 ぼそり、と恭一は呟いた。
「めちゃくちゃ美味いじゃないか」
 悔しそうに、恭一が言う。そんなに?とつられてみちるも一個、最中をもらってみることにした。口にしたら、あんこが程よい甘さで、たまらない。ちょっとだけ塩味が効いているのもよかった。さすが老舗の味、と唸る美味しさだった。
「…はっきり言って、一蔵が一番の本命だったんだ」
 苦々しく恭一が言った。
「でも、二代目の言うこともわかる。きっと大量にお菓子を卸して、急に取引を切られた経験があるんだろう。そういうことがあったら、慎重にもなるよな」
 はあ、と恭一が溜め息をつく。みちるは言った。
「今日、食べたお菓子はどこも美味しかったけど、一倉にこだわる理由が何かあるんですか?」
 恭一はコーヒーをひと口飲んでから言った。
「…小学生だった頃、夏休みの旅行で倉敷に連れて行ってもらったことがある。小学生男子としては、キャンプとか海水浴の方がよくて全然乗り気じゃなかった旅行だったけど。旅館くらしきっていう老舗の旅館に行って、気持ちが一変した」
「どうしてですか」
 倉敷と言えば、みちるも修学旅行で来たことがあった。白壁の続く道や、白鳥のいる川、それに大原美術館。こじんまりとしているが、見所の多い観光地だな、と感心した覚えがる。
「旅館くらしきに着いたら、女将さんから座敷に案内されたんだ。そこで、抹茶と銘菓むらすずめをもてなされた。小学生に、抹茶を飲ませてくれるんだ、っていたく感動してね。いろんな一流店に親に連れて行ってもらったけど、その時のもてなしが心に残った。いつかホテル北都を継いだら、こういうもてなしができるホテルにしようって思ったんだ」
「そうだったんですね」
 恭一の気持ちはよくわかった。みちるも、ピアノのお稽古が終わって出されたお菓子が美味しくて、忘れられない味だったことがあった。父に、買ってきて、とせがんだが幼くてそのお菓子がどこのものなのか覚え切れなかった。でも、味の最高さはしっかり覚えている。子供時代から今でも覚えている味やもてなし、というのはそれだけ印象が大きいのだ。いろんな経験をした大人になってからでも、やはりあれが一番だった、と思わせるくらい。
「でも、まあ、昼間まわったニ店のケーキも、よかった。持ち帰って検討しよう」
 恭一の落胆していた顔つきが、いくらか和らいだ。
「ホテル北都の槙田さんじゃないですか」
 声をかけてきたのは、二十代後半くらいの茶髪の若者だった。ジャケットにデニムを合わせたちょっとラフな服装。ビジネスマンではないようだ。
「ネットの写真でお顔は拝見していたので、気づきました。和菓子 一倉の一倉徹です」
 あ、と声をあげて恭一が立ち上がり、透に名刺を渡す。透は頭を下げながら受け取った。
「どうもすみません。槙田さんたちが来られた時、取引先に足止めをくらってしまいまして。約束を破る形になってしまいました。本当に申し訳ありません」
 透は、恭一たちが帰ったと聞いて、慌てて駅に駆けつけ、このへんで時間をつぶしていないか探したのだと言う。
 深々と頭を下げられ、恭一が恐縮する。
「そんなに気になさらないでください。ちゃんと二代目に対応していただきましたよ」
「親父はどう言ってましたか」
「あまり…かんばしくなかったですね」
 恭一は、苦笑して断られたことをオブラートに包んだ。
「やっぱり。槙田さん、お詫びと言ってはなんですが、一席もうけます。食事を奢らせてください」
 みちるは恭一と目を合わせた。みちるは透に何か思いつめたものを感じ、直感だったが、誘いに応じた方がいい気がして言った。
「新幹線の時間をずらせばいいんじゃないですか」
 うん、と恭一も頷く。みちると同じ気持ちだったようだ。
「では、お言葉に甘えます。すみません、アルコールが全くだめなのですが、それでもいいでしょうか?」
 そうでしたか、と透も顔を明るくさせた。聞けば透も下戸だという。透は自分の車で恭一とみちるを懐石料理の店に案内した。
 広い和室で、正座してお料理をいただく流れになった。恭一は病を患っているので、とアルコールの入ってない料理をうまくチョイスした。さすがこの半年、ミニサイズ化しないように何とか乗り切ってきただけある。
 感心しながら、料理をつつく。恭一と透は、音楽の趣味があったようで、そんな話に花を咲かせている。
 料理もだいぶ運ばれてきた後半で、透の口調が崩れてきた。
「だいたい…親父は、俺の出した企画いつも気に食わないんですよ」
「いつも、ですか」
 恭一が言った。
「そう。いつもなんです。お前の考えは甘いとか、もっと先を読め、とか。そんなことばかり言って、ちゃんとこちらの話を聞こうとしない。今回のホテル北都さんとの仕事が決まれば、ホテル北都に泊まったお客さんがうちの店に来てくれる可能性だってある。そこまで説明してるのに、頑なにダメだって言うんです」
 透は、これまでの鬱憤がたまっていたのだろう。吐き出すように一気に言った。
 二代目と三代目の確執。一族経営の店は、どうしても確執やら軋轢が起こってしまう。みちるの実家の花園製菓でも、父とみちるの従兄弟がよくもめているらしい。花園製菓の仕事にノータッチのみちるでさえその事を知っている。三代目の透が二代目と衝突するのも、避けては通れない道なのだ。
 恭一を差し置いて言葉を発する訳にもいかず、様子を見守っていると、お茶をひと口飲んだ恭一が言った。
「私がこんな事を言うのは失礼かもしれませんが…透さんは、二代目のことをどう思っていますか?」
「どうって」
 不意に問われて、透の顔つきが心もとないものになった。
「その…一倉をここまででかくしたのは、親父の功績だし。作る和菓子は、天下一品です。俺には到底かないません。経営者としても職人としても尊敬しています」
 では、と恭一が声を改めて言った。
「ではそのことを、二代目に言ったことはありますか?」
 そんな、と透の声が高くなった。
「そんなこと面と向かって言いませんよ。第一、一倉は充分、評価されてます。俺がいちいちそんな事を言わなくても、親父は自信があるはずです。驕りがあると言ってもいい。今日だって、それだから槙田さんたちに失礼な態度を」
 恭一はわずかに首を振った。
「それはいいんです。そうではなくて…透さんが、二代目に認められたいように、二代目も透さんに認められたいんじゃないですか?」
「え…俺に?まさか、そんな」
 意外そうな顔をする透に、恭一が続ける。
「これは想像なので、違っていたらすみません。透さん、二代目のやり方に反対したことはないですか。もう古いとか何とか」
「はあ…まあ、俺の企画を気に入らないんで、ついそんな事も言ったかな…」