元上司が身の丈25センチに!可愛くってたまりません!

 一瞬でミニサイズになった俺は、ダッシュで自分のカバンの陰に隠れようとした。ところが、むんずと木内さんの手に捕まってしまった。
 真っ青になりながら、さらに爆発的な恥ずかしさを抱えながら俺は言った。
「木内さん、オロシテ」
 木内さんは、かなり動揺していた。それはそうだろう。女の子なら卒倒したっておかしくない。
 それから、錯覚なんじゃないか、とおろおろする木内さんをなだめ、ミニサイズになった晩からのことを話してしまった。自分でも、何故話す気になったのかわからない。でも直感のようなものが働いて、木内さんならこんな俺を化け物扱いしないんじゃないか、と思ったのだ。
 これまでの一部始終を話し、普通サイズに戻ると木内さんは、俺に気の毒そうな顔を見せた。
「はあ…日々、鍛錬の連続だったんですね。心労、お察しします…」
 木内さんは、何か言いたげに見えた。そう言うと、驚くべき返事が返ってきた。
「いえ、あの…その…あまりにも、小さい主任が可愛くてっ…!」
「な、かわ」
 なんてこと言うんだ。恥ずかしい!
「もうっ、本当に…!可愛いですっ。女子がこんなお人形みたいな主任を可愛く思わないわけ、ないじゃないですか!もう、きゅん死にです!」
 …複雑な気分だった。どちらかと言えばクールとか、二枚目とか言われることが多い人生だった。その俺が「可愛い…」。胸の内に、もやもやするものがあった。そして、木内さんに悟られないよう、むっとした顔をしていたが、実は…うれしくもあった。
 身の丈が180センチからいきなり25センチに変化するのを、気味悪がらず、可愛いと言ってくれる。予想とは違ったけれど、肯定的に見てくれているのは確かだ。
 木内さんが、気立てがいいのも知っている。この女の子が、面白がって俺をネットにさらさないだろう、というのも想像できた。
 俺の座るベンチの上には、さっきの食べかけの焼き菓子が置いたままになっていた。
 お菓子…木内さん…そして俺のミニサイズ化。
 俺はひらめいた。ミニサイズ化してから、中断していたウェルカムドリンクにスイーツをつける企画。お菓子の試食の旅。旅先で、試食させてもらう洋菓子店の人間や旅を一緒にする同僚の前でミニサイズ化したら、アウトだ。奇人変人扱いされ、俺の人生は終わる。
 だが、木内さんが一緒ならどうだろう。俺のミニサイズ化を可愛いと言ってくれている。彼女は、仕事に対して真面目だ。きっとミニサイズ化した俺をはたき、一瞬で、普通サイズに戻してくれるのではないか。
 そうだ。彼女以外に適任はいない。当の木内さんは、まだキュン死に、とか言っている。
 俺は、事情を説明せずに、両親たちが待っているティールームへ木内さんと向かった。
 そして言った。
「お嬢さんと、結婚を前提にしたおつきあいをさせてください」
 両親たちも驚いていたが、喜んでくれた。木内さんだけが、「話が違う!」という顔をしていた。それでも、なんとか連絡先を交換することができた。
 翌日。
 俺は、常務室で、デスクワークをしていた。斜め前の席では秘書の四十代女性、綾次さんもパソコンで作業をしている。
「綾次さん。女性を喜ばせるには、何をするのがいいだろう」
 綾次さんの顔つきが変わった。綾次さんは、部下の恋の相談に乗るのが大好きらしい。よくカフェテリアで年若の社員と話しこんでいるところを見かける。俺の呟きは、彼女にとって好物以外の何物でもなかったらしい。デスクから離れてこちらにやってきた。
「珍しいですね、常務の恋の相談なんて」
「恋というかなんと言うか…仕事が絡んでる」
「まあ、そういう事は置いておいて…そうですね、出会いがしらに花束、は昔から有効ですわね」
「なるほど」
「そのへんの花屋で買った花束なんかじゃダメですよ。高価なバラ百本買うくらいのつもりでやってください」
 俺はふんふんと頷き、メモをとった。
「それから…やっぱりお洋服かしら。これも常務クラスだったら、ドレス一着、なんてケチなことはダメですわね。ブティック一個買うくらいのつもりでお洋服、選んで差し上げてください。それからお食事。もちろんレストランは個室で。素敵な景色の見える部屋なんかが最高ですわね」
 なるほど、それくらいなら何とかなりそうだ、と綾次さんに言われたとおりに、木内さん…いや、みちるさんにやってみた。
 バラには驚いていたし、思いつきで用意したオープンカーにも気をよくしてくれていた。
 まあまあ、うまくいっているな、と思いながら次のブティックで…実を言うと、度肝を抜かれた。お見合いの席の彼女も素敵だったが、いろんな服を着る度に印象がコロリと違う。カジュアルからドレッシーなものまで、難なく着こなすのだ。花園製菓のお嬢様というバックボーンがあるからかもしれない。とにかく、その彼女のキュートさに改めて心を持っていかれた。
 どうも俺は、自分で思っている以上に、みちるさんの事が好きなようだ。お菓子めぐりの旅に連れて行ったら、今日みたいに、色んな表情を見せてくれるかもしれない。
 考えただけでわくわくしてきた。
 食事の時にした、レイコさんという彼女の義母の話も興味深かった。書店の仕事にのめりこんだ理由が聞けてよかった。
 知れば知るほど、彼女のことを好ましく思ってしまう自分がいる。なので、つい、
「君が、欲しい」
と口がすべってしまった。慌てて言い直し、お菓子めぐりの企画の説明をした。
 彼女が書店の仕事をしたがっているのは充分承知している。その上で、俺がいかにみちるさんの助けが必要か、言葉を尽くした。彼女は、迷っているようだった。確かに急な話だ。その気持ちもわかる。すると、彼女は言った。
「わかりました。そのお菓子めぐりの旅、お供させてください」
 俺が心の中でガッツポーズをしたのは、言うまでもない。
               ◇
 どれを着ていけばいいのかな…一昨日、恭一に買ってもらった服たちをベッドの上に並べ、みちるは迷っていた。
 どれも素敵だけど、仕事で行くわけだし。これからずっと仕事をするかもしれない相手とお会いするわけだし。
 色々考えて、ベージュのジャケットとフレアスカートのスーツにした。ジャケットの下には、ラウンドカットの白のトップスを合わせた。
 ベージュの靴もあるし…これでいいかな。やっと決まって、ふう、と息を吐く。今日が、恭一とのお菓子めぐりの旅の第一日目なのだ。丁寧な判断をして、初日を何とか切り抜けたい。ほどこすメイクもいつもより丁寧にした。しかし、あくまで派手すぎず、さわやかな印象になるように。
 メイクを終えると、ふあ、とあくびが出てしまった。わずかな涙の出た目じりをコットンで押さえながら、
 昨日、夜なべをしたのがいけなかったかな…
 と、心の中で呟く。テーブルの向こうに置いたバスケットを見る。そして、みちるは、うふっと笑った。こらえきれない、という感じで肩を震わせて笑ってしまう。
 だめだめ、メイクがくずれちゃう、落ち着かなきゃ。そう自分に言い聞かせても笑みがこぼれてくる。
 仕事よ、仕事。きりっとしなきゃ。顔を引締める。
 それから二十分後に、タクシーで恭一が、みちるを迎えにきた。ちょっと大き目のショルダーバッグに、バスケットの荷物を、恭一がさっと持ってくれる。うん、と恭一が小さく声をあげた。
「バスケット軽いね。何が入ってるの」
「え?ええまあ…いろいろ、です」
 みちるは、にっこり笑った。女性の荷物をあれこれ詮索するのも、と思ったのか恭一はそれ以上きいてこなかった。
 駅に着いて、人気のない場所でみちるは言った。
「主任…じゃない、槙田常務、これどうぞ」
 さっと手渡したのは、銀色の包み紙に包まれた一粒のチョコレートだった。
「あ、ありがとう」
 カリッとチョコを噛んだ瞬間、恭一は25センチのミニサイズになった。チョコレートはウィスキーボンボンだったのだ。そこですかさず、みちるがバスケットを地面に置いて蓋を開ける。
「主任、どうぞこちらへ」
 バスケットの中には、何かふかふかのものが敷かれ、マッチ箱くらいの布も見えた。
「みちるさん、これ」
 驚愕、という顔をしている恭一に、みちるがさっと説明する。
「常務用のベッドです。居心地いいですよ。さっ、早く、人が来る前に」
 人の気配を感じたのか、恭一はしのごの言っていられないと悟ったらしく、素早くバスケットの中にダイブした。ミニサイズの恭一の体がふかっとしたベッドに沈んだのを見た瞬間、みちるは頬を上気させた。
 これが見たかったのよ…!!
 この手製のベッドも、枕も、昨日、みちるが夜なべして作ったものだ。主任と二人の旅か…主任には申し訳ないけど、あの可愛いお姿がたくさん見られないかしら…!
 そう思ったら、ミニサイズの恭一用に、いろんなアイデアがわいてきた。子供の頃、人形遊びをした時みたいに、ミニサイズの恭一用におうちを作ってあげたかった。しかし、旅には不向きだ。そこで思いついたのがバスケットの中のベッドだった。
 これだったら手軽に持ち運べるし…
「経費節減になる、と思ったんだな、君は」
 ガラガラのグリーン車の席。窓辺の席にバスケットを置いて、そこから恭一が喋っている。隣の席はもちろん、みちるだ。
「はい。新幹線の切符代、私の分だけでよかったでしょう?」
「それくらいの経費、なんとかなる」
「それに…移動中に横になれるなんて、最高にリラックスできるじゃないですか。のんびり、体を休めてください。恭一さん、ワーカホリック気味だそうだから」
「まあ、確かに疲れはとれそうだけどな…」