かあっと頬が赤くなったのが自分でもわかる。恭一はくすくす笑った。
「ふふ、可愛い。真っ赤だ」
「もう、そんなこと…」
そう言ったみちるの唇を、恭一の唇が塞いだ。唇を食むようなキスが何度か続き、そうして不意に恭一の舌がみちるの口の中に侵入してきた。みちるの舌と恭一の舌が絡むと、みちるの腰の辺りが熱くなる。
や…何、これ…!
舌が触れ合うたびに、甘い疼きが腰の辺りでうずまく。ふわふわしてきて、立っている足にも力が入らない。
思わず、身体を恭一に預けるような格好になる。それでも何の負担にもならないのか、恭一の唇への攻撃は終わらない。みちる自身もキスが終わってほしくないと思い、夢中で応えた。
お互い息が切れてきた頃、顔を離すと、みちるはぎゅっと抱しめられた。もうふらふらで立ってられなくて、恭一にしがみつく。
しばらくじっとそのまま抱き合っていた。
それから、恭一はそっとみちるを抱えるようにしてベンチに座らせた。
「…離れがたいな」
「はい」
みちるも熱に浮かされたように素直に答えた。ずっとこんな時間が続けばいいのに。
恭一が言った。
「毎日、こうやってキスをして、抱き合って、夜寝るときにおやすみを言って、朝起きたらおはようって言って…そんなことができたらいい、と思う」
ぼんやりした頭で、みちるも、そうだなあと思い、こくりと頷いた。
「じゃあ、そうしよう。木内みちるさん」
恭一は、みちるとしっかり目線を合わせた。
「俺と結婚してください」
そして、さっとスーツのポケットから取り出した物の蓋を開け、みちるの眼前に差し出した。
そこにはケースに収まったダイヤの指輪があった。
そこまでされて、やっとみちるは、自分がプロポーズされたことに気づいた。
そして、さっきの恭一の台詞を思い出す。
そうか、一緒に暮らせば、ずっと一緒にいられるんだ。結婚ってただそれだけのことなんだ。
みちるは、ずっと結婚を自分とは関係のない遠いもののように思っていた。でも、意外と自分の近くにあった。
…恭一さんとずっと一緒にいられる。
じわり、と喜びがみちるの中にわいた。
「はい。私も、しゅに…いえ、恭一さんと結婚したいです」
やった!と、声をあげて、また恭一がみちるを抱きしめた。
「今夜は、祝杯をあげないとな」
「飲みすぎると、またお神酒を飲まされますよ。神様は見てるんだから」
「そうだな。気をつけよう」
くすくすと笑い合う声が夜の闇に溶けていった。
四ヵ月後。みちるは、実家に帰ってきていた。
「それで、みちるさん、お仕事の方はどうなの」
いつものように巻き毛が美しいレイコさんが言った。
「はい。思った以上にいい感じです」
みちるは、今、ホテル北都の各支店の、選書を任されている。ロビーや書斎風の部屋には本棚があり、そこに置く本を選ぶ仕事だ。その地域にあったものから、ちょっと読んだだけで笑えるようなもの、時間をたっぷり費やして読むような長編まで、手広く集めている。いかにもありがちな選書にならないようにするのが手腕の見せ所だ。
お菓子めぐりの旅は、先月、最後の北海道支店で終わった。岡山支店には、やはり最終的に一倉の抹茶ケーキにしよう、と決まり、抹茶つきの特別メニューとなった。
「よかったわね。本好きのみちるさんには、適任ね」
紅茶を飲みながら、レイコさんが艶然と微笑んだ。
みちるは、改めて思った。
ああ…やっぱりこの人に褒められると、ものすごく嬉しいな、私。
レイコさんを苦手だと思ったのは、レイコさんが想定しているようには生きられない、そう思っていたからだ。自分にはレイコさんを喜ばせられない。だから距離を置きたかった。でも裏を返せば、本当はレイコさんに、認められたい気持ちがずっとあった。
恭一とつきあうようになって、知った感情があった。心の中で、こんな時、恭一はどう思うだろう、どうしたいだろう、と想像を膨らませる。それはわざわざやろうとした訳ではなく、自然とそうなったのだった。
そして、気づいた。レイコさんは自分の事をずっと考えてくれていたのだ、と。甘やかすだけならもっと簡単だったはず。でも、そうしなかった。みちるのためを思って必死の思いで厳しくしてくれた。直球ではないけれど、レイコさんの愛は確かにみちるに向いていたのだ。
私…レイコさんが想像してるよりずっと、レイコさんのことが好きなんですよ。
そう言ったら、どんな顔をするだろう。そう思いながら、こう言った。
「結婚式のウェディングドレスが、まだ決まってないんです。レイコさん、一緒に選んでくれませんか?私、レイコさんのセンス、尊敬しているんです」
レイコさんはその言葉を聞いて、きょとんとした。今まで見たことのない顔だった。
「まあ…あ、そう…ええと、そうね。じゃあ早く見に行かなくちゃいけないわね。いつがいいかしら…」
慌ててレイコさんがスケジュール帳をめくり出す。みちるはなんだか満たされた気持ちになって、恭一さんにも早くウエディングドレスを見せたいな、と思った。
《 恭一サイド その3 》
プロポーズの返事をもらい、結婚を決めてから、みちるの態度は少し変わったように思う。以前は、俺に好感を持っていることは認めていたが、恋心となると困惑しているようだった。
そんな初心なところも可愛いと思う。
昨日は、俺に、レイコさんと決めたウェディングドレス姿の写真を見せてくれた。
「これに決めたんです。どうですか」
そう言って、頬をほのかに赤らめるみちるが、いとおしい、本当に今まで男とつきあったことがないようで、俺から容姿を褒められるようなことがあると、
「なんだか自分のことじゃないような…」
と、思ってしまうと言う。俺としては、いつだって抱しめて、頭をぐりぐりして可愛がりたい。もうちょっと気づけ、自分の可愛さに、と言ってやりたい。
そんなオクテのみちるだから、ベッドに誘うのに苦労した。キスは好きなようだが、ずっとしていると、
「もう、いっぱいいっぱいです」
と言っておしまいにしようとする。そんな。本番は今からなのに!と言う事をちょっとずつ、教えていった。
俺はなんて我慢強いんだ、と自分でも感心した。それくらい、スローテンポで進めた。その甲斐あって、みちるに
「私も…恭一さんに触れたいです」
と、言わせることに成功した。翌日、俺は何度もその時のみちるの顔を思い出してしまい、顔を引締めるのに忙しかった。
結婚するまではだめです、と言われるんじゃないかという危惧もあったが、みちるも俺の我慢を少しは察してくれたようだった。
ホテル北都のスイートルームで、俺とみちるは結ばれた。
みちるが疲れて眠っている横で、シャンパンを飲んだ。
たまらなく美味しかった。
俺はこの数ヶ月のことを走馬灯のように思い出した。ミニサイズになってしまって、酒を飲んだ後にみちるを抱けない、それは悪夢以外の何物でもないと失望した夜もあった。
でも、今はこうして手放しで酒を飲める。みちるを抱くこともできた。感無量だ。
来月は、いよいよ挙式だ。みちるとの結婚生活が楽しみでしょうがない。
そんな俺をあのお神酒の神さんはどう思っているだろう。
俺は何故か、幸せを祝福してくれるように思えてならないのだった。
《了》
「ふふ、可愛い。真っ赤だ」
「もう、そんなこと…」
そう言ったみちるの唇を、恭一の唇が塞いだ。唇を食むようなキスが何度か続き、そうして不意に恭一の舌がみちるの口の中に侵入してきた。みちるの舌と恭一の舌が絡むと、みちるの腰の辺りが熱くなる。
や…何、これ…!
舌が触れ合うたびに、甘い疼きが腰の辺りでうずまく。ふわふわしてきて、立っている足にも力が入らない。
思わず、身体を恭一に預けるような格好になる。それでも何の負担にもならないのか、恭一の唇への攻撃は終わらない。みちる自身もキスが終わってほしくないと思い、夢中で応えた。
お互い息が切れてきた頃、顔を離すと、みちるはぎゅっと抱しめられた。もうふらふらで立ってられなくて、恭一にしがみつく。
しばらくじっとそのまま抱き合っていた。
それから、恭一はそっとみちるを抱えるようにしてベンチに座らせた。
「…離れがたいな」
「はい」
みちるも熱に浮かされたように素直に答えた。ずっとこんな時間が続けばいいのに。
恭一が言った。
「毎日、こうやってキスをして、抱き合って、夜寝るときにおやすみを言って、朝起きたらおはようって言って…そんなことができたらいい、と思う」
ぼんやりした頭で、みちるも、そうだなあと思い、こくりと頷いた。
「じゃあ、そうしよう。木内みちるさん」
恭一は、みちるとしっかり目線を合わせた。
「俺と結婚してください」
そして、さっとスーツのポケットから取り出した物の蓋を開け、みちるの眼前に差し出した。
そこにはケースに収まったダイヤの指輪があった。
そこまでされて、やっとみちるは、自分がプロポーズされたことに気づいた。
そして、さっきの恭一の台詞を思い出す。
そうか、一緒に暮らせば、ずっと一緒にいられるんだ。結婚ってただそれだけのことなんだ。
みちるは、ずっと結婚を自分とは関係のない遠いもののように思っていた。でも、意外と自分の近くにあった。
…恭一さんとずっと一緒にいられる。
じわり、と喜びがみちるの中にわいた。
「はい。私も、しゅに…いえ、恭一さんと結婚したいです」
やった!と、声をあげて、また恭一がみちるを抱きしめた。
「今夜は、祝杯をあげないとな」
「飲みすぎると、またお神酒を飲まされますよ。神様は見てるんだから」
「そうだな。気をつけよう」
くすくすと笑い合う声が夜の闇に溶けていった。
四ヵ月後。みちるは、実家に帰ってきていた。
「それで、みちるさん、お仕事の方はどうなの」
いつものように巻き毛が美しいレイコさんが言った。
「はい。思った以上にいい感じです」
みちるは、今、ホテル北都の各支店の、選書を任されている。ロビーや書斎風の部屋には本棚があり、そこに置く本を選ぶ仕事だ。その地域にあったものから、ちょっと読んだだけで笑えるようなもの、時間をたっぷり費やして読むような長編まで、手広く集めている。いかにもありがちな選書にならないようにするのが手腕の見せ所だ。
お菓子めぐりの旅は、先月、最後の北海道支店で終わった。岡山支店には、やはり最終的に一倉の抹茶ケーキにしよう、と決まり、抹茶つきの特別メニューとなった。
「よかったわね。本好きのみちるさんには、適任ね」
紅茶を飲みながら、レイコさんが艶然と微笑んだ。
みちるは、改めて思った。
ああ…やっぱりこの人に褒められると、ものすごく嬉しいな、私。
レイコさんを苦手だと思ったのは、レイコさんが想定しているようには生きられない、そう思っていたからだ。自分にはレイコさんを喜ばせられない。だから距離を置きたかった。でも裏を返せば、本当はレイコさんに、認められたい気持ちがずっとあった。
恭一とつきあうようになって、知った感情があった。心の中で、こんな時、恭一はどう思うだろう、どうしたいだろう、と想像を膨らませる。それはわざわざやろうとした訳ではなく、自然とそうなったのだった。
そして、気づいた。レイコさんは自分の事をずっと考えてくれていたのだ、と。甘やかすだけならもっと簡単だったはず。でも、そうしなかった。みちるのためを思って必死の思いで厳しくしてくれた。直球ではないけれど、レイコさんの愛は確かにみちるに向いていたのだ。
私…レイコさんが想像してるよりずっと、レイコさんのことが好きなんですよ。
そう言ったら、どんな顔をするだろう。そう思いながら、こう言った。
「結婚式のウェディングドレスが、まだ決まってないんです。レイコさん、一緒に選んでくれませんか?私、レイコさんのセンス、尊敬しているんです」
レイコさんはその言葉を聞いて、きょとんとした。今まで見たことのない顔だった。
「まあ…あ、そう…ええと、そうね。じゃあ早く見に行かなくちゃいけないわね。いつがいいかしら…」
慌ててレイコさんがスケジュール帳をめくり出す。みちるはなんだか満たされた気持ちになって、恭一さんにも早くウエディングドレスを見せたいな、と思った。
《 恭一サイド その3 》
プロポーズの返事をもらい、結婚を決めてから、みちるの態度は少し変わったように思う。以前は、俺に好感を持っていることは認めていたが、恋心となると困惑しているようだった。
そんな初心なところも可愛いと思う。
昨日は、俺に、レイコさんと決めたウェディングドレス姿の写真を見せてくれた。
「これに決めたんです。どうですか」
そう言って、頬をほのかに赤らめるみちるが、いとおしい、本当に今まで男とつきあったことがないようで、俺から容姿を褒められるようなことがあると、
「なんだか自分のことじゃないような…」
と、思ってしまうと言う。俺としては、いつだって抱しめて、頭をぐりぐりして可愛がりたい。もうちょっと気づけ、自分の可愛さに、と言ってやりたい。
そんなオクテのみちるだから、ベッドに誘うのに苦労した。キスは好きなようだが、ずっとしていると、
「もう、いっぱいいっぱいです」
と言っておしまいにしようとする。そんな。本番は今からなのに!と言う事をちょっとずつ、教えていった。
俺はなんて我慢強いんだ、と自分でも感心した。それくらい、スローテンポで進めた。その甲斐あって、みちるに
「私も…恭一さんに触れたいです」
と、言わせることに成功した。翌日、俺は何度もその時のみちるの顔を思い出してしまい、顔を引締めるのに忙しかった。
結婚するまではだめです、と言われるんじゃないかという危惧もあったが、みちるも俺の我慢を少しは察してくれたようだった。
ホテル北都のスイートルームで、俺とみちるは結ばれた。
みちるが疲れて眠っている横で、シャンパンを飲んだ。
たまらなく美味しかった。
俺はこの数ヶ月のことを走馬灯のように思い出した。ミニサイズになってしまって、酒を飲んだ後にみちるを抱けない、それは悪夢以外の何物でもないと失望した夜もあった。
でも、今はこうして手放しで酒を飲める。みちるを抱くこともできた。感無量だ。
来月は、いよいよ挙式だ。みちるとの結婚生活が楽しみでしょうがない。
そんな俺をあのお神酒の神さんはどう思っているだろう。
俺は何故か、幸せを祝福してくれるように思えてならないのだった。
《了》



