「あ、お財布しか持ってなかった」
カードキーを忘れていたが中にいる誰
かに開けてもらおうと楽観視していた。 

チャイムを鳴らしても誰も出ない
(嘘、みんな外出してるの?!
この時間に!?)
スマホも中にあるから電話もできない。
(デジャヴだな)

道中会えると思ったが会えず
近所の公園に足を運びブランコに座り、
前後に揺らす。
(補導されたらどうしよう)

ぼんやりと考えているとパラパラと雨が降ってきた。すぐに小雨になったがその時間は短くだんだん勢いを増して
本降りになりおまけに風まで吹いてきた
(ついてないな、私の今の心を
表しているみたい)

現状に待っていましたと言わんばかりに気持ちはマイナスになりまた
不安が押し寄せる。
(誰も見ていない。今ならいいよね)

肩は小刻みに震え鎖を握る手に
力が入る。
嗚咽も咳き込みも誰も聞かれない。

雨の音でよほど耳がいい人じゃない限り
聞こえない。

それほど強い雨。それは私も同じで
頭上に差された傘に雨粒が叩きつけられるまで誰かいる気づかなかった。
「大丈夫?お嬢さん」

見覚えのある靴、片手には私の傘を
持っていた。
(こんな顔見せられない)

俯いたまま頷くと今度は可愛い柄の
タオルが被せられる。
「そんな風には見えないけどね」

髪をバサバサと音を立てて雑に拭かれ
粗方拭いた後は首から毛先まで
丁寧に髪を挟んで水滴をタオルに移す。

「ごめん、キー、忘れてたから」
「そっか」
思ったより冷たく聞こえた声に
ゆっくり顔を上げると類は反対方向を
見ていた。

着ていたセーターは半分くらい濃い色に
変わっていた。
「ごめん、類」
「別に、もういい?」
「うん、大丈夫」
こっちを向いた顔はどこか嬉しそうで
私に傘を差し出す。

「雪希もありがとう」
「うん」
近くに置いといたのか傘を持ち上げる
ような音がした。
雪希の髪も雨で私と同じような
ストレートになっていた。

車のライトや街頭が雨で乱反射する
アスファルトを歩く。
「そういえば、蓮は?」 
「蓮は家にいるよ」
後ろを歩く雪希が答えてくれる。

(そっか、見られなくてよかった)
類のカードキーで中に入ると蓮が
待っていた。

「おかえり、みんなびしょ濡れで風邪
ひくよ。誰でもいいからお風呂入って
きたら」
よく見ると、蓮はまだ部屋着で浴室には
行っていない。
「待っててくれたの?」
(いつ帰ってくるかわからないのに)

「帰ってきて焦りたくないから」
「そっか、ありがとう蓮」
「いいって、ほら行った行った」
蓮は2階に上がっていってしまった。

「「舞、先でいいよ」」
誰が先に入る?と聞く前に言われて
しまいありがたく先にお風呂に入る。

湯船に浸かると少し温い。
(冷え切った体に急に高い温度のお風呂は
良くないと聞いたからこれも蓮の配慮なのかな)

少ししてお湯の温度を自分好みに
上げる。
(次、熱かったらうめればいいよね)

「お先にいただきました」
「じゃあ今度は僕が入るね」 
入れ違いで脱衣所に向かう雪希。

類はテーブルの上にある私のお財布に
視線を戻す。
「あ、お札!」
開けるとやっぱりシナシナになっていた 
「予備札もダメか」
「予備札?」
「予期せぬ出費のためにいつもカード
スペースの内側に入れてるの」

スマホで並べると窓に貼り付けると
いいらしく窓に貼って翌日には細かい皺はあるものの乾いていた。