仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ

「や……だなあ、私の株ってそんなに高いの? 史彰の中で」

慌てて茶化そうとするけれど、私はすっかり頬が熱くなっていて、言葉もつっかかってしまう。

「高いよ。夕子は特別」

そう言った史彰もまた、赤い顔で困ったようにうつむいていた。

数瞬、私たちは言葉に詰まって黙った。
どうしよう。この甘酸っぱい沈黙はまずい気がする。契約婚の仮面夫婦の空気じゃない。

「史彰、その顔は反則です。イケメンに面と向かっていいこと言われたら、照れちゃうでしょ」

わざとらしく笑って史彰の肩をとんとついた。すると、その手首をつかまれた。史彰の真顔が近くにある。

「じゃあ、そんなイケメンと、キスでもしてみる?」

そのときの私の顔は、たぶんゆでだこみたいになっていたと思う。
一方で、私は頭蓋に鳴り響く警鐘をはっきりと聞いた。
いけない。私たちの居心地のいい関係が崩れてしまう。私たちはイメージ戦略という契約で婚姻関係を結んだ。流されていい関係じゃない。

「もう、冗談言わないの。仮面夫婦はキスしません!」

あははと笑って言えた私は、我ながら頑張ったと思う。抗うべきだという強い意志を持って、彼の気まぐれを拒絶できたのだから。
史彰の表情はすぐに狼狽に変わった。
恥ずかしさと申し訳なさを顔いっぱいに浮かべ、背をしおしおと丸めて私の手首を離す。

「ごめん、夕子。調子にのって失言……。俺の馬鹿」
「キスしたいくらい絆を感じてるって意味でしょ。伝わってる、伝わってる」

私はまだ赤い頬のまま、立ち上がった。

「さ、夕飯にしよう。今日はかぼちゃのグラタンだよ」
「ちっちゃいかぼちゃを使った映えなヤツ?」
「ううん、普通にグラタン皿にどーんってヤツ。見た目気にしてないから、マカロニがぴょんぴょんはみ出てるの。でも、美味しいよ」

よかったいつもの空気に戻った。
私たちはたぶんこれが正解なのだ。仕事上の相棒。気まぐれで触れ合っていい関係じゃない。