ベールアップ。
花嫁のウエディングベールを夫となる人が優しくあげるその儀式は、神聖でうっとりするような美しい光景だろう。
ステンドグラスから光の差し込む礼拝堂、牧師の前で私たちは向かい合い、ベールを隔てることなく互いを見つめる。

この人は、なんて顔がいいのだろう。
私は八田史彰(はったふみあき)の顔をじっと凝視する。今日を迎える前に何度も顔を合わせているけれど、正面からまじまじと見上げるのは初めてだ。
少し色素の薄い瞳と目、高い鼻梁、形のいい唇。世間様が彼をイケメン、格好良すぎる弁護士と評するのがよくわかる。見目がいいというだけで、七難も八難も隠せるだろう。
もちろんこの整い過ぎている顔立ちのせいで彼は非常に苦労をし、私と結婚するハメになったわけだけれど、それにしたってこの顔は見つめる価値がある。

「誓いのキスを」

促され、彼の顔が近づいてきた。私は目を閉じ、わずかに顎をあげた。重なった唇は淡い感触を残してすぐに離れた。
たった今触れた彼の唇を見つめてしまうのは、その感触が本当に一瞬でよくわからなかったから。
でも、それでいいのだと思った。どうせ、もう二度とすることもないのだし。
唇から視線を彼の薄茶の瞳に移動させると、彼も私の目を見ていた。どこか緊張を孕んだその視線に、私は微笑み返す。大丈夫、私たち上出来だと思うわ。
私の微笑に、彼もまたふっと微笑んだ。それは、私たち夫婦を幸福に見せただろう。
この場に集まった人たちは思うまい。私と八田史彰がよもや契約で結婚したとは。

桜澤夕子(さくらざわゆうこ)二十八歳。彼が“妻”を必要としたように、私もまた“夫”が必要だった。
私たちの結婚はそういうことだ。