とっぷりと日も暮れ、ベンはパーティ会場を後にした。

 しかし、結局何も食べられていない。下剤で全部出して、何も食べていないのだからもうフラフラだった。

「なんか食べないと……」

 ベンはにぎやかな繁華街を通り抜けながらキョロキョロと物色していく。すると、おいしそうな匂いが漂ってきた。串焼き屋だ。豚肉や羊肉を炭火で焼いてスパイスをつけて出している。

「そうそう、これこれ! 前から食べたかったんだ!」

 ベンはパアッと明るい顔をしてお店に走ると、まず一本、羊串をもらった。箱のスパイスをたっぷりとまぶした。

 貧困荷物持ち時代には決して食べられなかった肉。だが、今や騎士団所属である。金貨もたんまりあるし、買い食いくらいなんともないのだ。

 ジューっと音をたてながらポタポタ垂れてくる羊の肉汁を、なるべく逃がさないようかぶりつくと、うま味の爆弾が口の中でブワッと広がる。そこにクミンやトウガラシの鮮烈な刺激がかぶさり、素敵な味のハーモニーが展開された。

 くはぁ……。

 ベンは恍惚の表情を浮かべ、幸せをかみしめる。こんなにジューシーな串焼きは日本にいた時も食べたことが無かった

 う、美味い……。

 調子に乗ったベンは、

「おじさん、豚と羊二本ずつちょうだい!」

 と、上機嫌でオーダーする。

 ベンは今度は豚バラ肉にかぶりつく。脂身から流れ出す芳醇な肉汁、ベンは無我夢中で貪った。

 さらに注文を重ね、結局十本も注文したベン。

 ベンは改めて人生が新たなフェーズに入ったことを実感した。ただ便意を我慢するだけで好きなだけ肉の食える生活になる。それは素晴らしい事でもあり、また、憂鬱なことでもあった。とはいえ、もう断る訳にもいかない。

「もう、どうにでもなーれ!」

 ベンは投げやりにそう言いながら最後の肉にかぶりついた。

 どんな未来が待っていようが、今食べている肉が美味いのは変わらなかった。

 余韻を味わっていると、隣の若い男たちが愚痴ってるのが聞こえてくる。

「なんかもう全然彼女できねーわ」

「あー、純潔教だろ?」

「そうそう、あいつら若い女を洗脳して男嫌いにさせちゃうんだよなぁ……」

 何だかきな臭い話だが、まだベンは十三歳。彼女作るにはまだ早いのだ。中身はオッサンなので時折猛烈に彼女が欲しくはなるが、子供のうちは我慢しようと決めている。

 怪しいカルト宗教なんて、自分が大きくなる前に誰かがぶっ潰してくれるに違いない、と気にも留めず店員に声をかけた。

「おじさん、おあいそー」

 ベンは銅貨を十枚払って、幸せな表情で帰路につく。

 しかし、よく考えたら今日は下剤を二回も使っていたのだった。これはおばちゃんの指定した用量をオーバーしている。そして、空腹に辛い肉をたくさん食べてしまっている。それはまさに死亡フラグだった。


        ◇


 ぐぅ~、ぎゅるぎゅるぎゅる――――!

 もう少しでドミトリーというところで、ベンの胃腸はグルグル回り出してしまった。

「くぅ……。辛い肉食いすぎた……」

 脂汗を垂らしながら、内またでピョコピョコと歩きながら必死にドミトリーを目指す。

 ポロン! と、『×10』の表示が出る。もうすぐ自宅だから強くなんてならなくていいのだ。ベンは表示を無視して必死に足を運んだ。

 すると、黒い影がさっと目の前に現れる。

「ちょっといいかしら?」

 えっ!?

 驚いて見上げると、それは勇者パーティの魔法使いだった。

「今ちょっと忙しいんです。またにしてください」

 漏れそうな時に話なんてできない。ベンは横を通り過ぎようとすると、

「あら、マーラがどうなってもいいのかしら?」

 と、魔法使いはブラウンの瞳をギラリと輝かせ、いやらしい表情で言った。

「マ、マーラさんがなんだって?」

 ベンはピタッと止まって、魔法使いをキッとにらんで言った。勇者パーティで唯一優しくしてくれたマーラ。あのブロンズの髪の毛を揺らすたおやかなしぐさ、温かい言葉にどれだけ救われてきただろう。

「マーラさんをイジメたらただじゃ置かないぞ!」

 もし、マーラにも下剤を盛ったりしてイジメていたらとんでもない事だ。ベンは荒い息をしながらギロリと魔法使いをにらんだ。

「ちょっとここは人目があるから場所を移しましょ」

 魔法使いはそう言うと、高いヒールの靴でカツカツと石だたみの道を鳴らしながら歩きだす。そして、魅惑的なお尻を振りながら細い道へと入って行った。











11. 四天王

 ベンは下腹部をさすりながらうずくまったが、マーラのことであれば無視もできない。括約筋に喝を入れ、よろよろと立ち上がると、はぁはぁと荒い息をしながら魔法使いの後を追った。

 しばらく歩くと広場があり、丸太が積み上げられている。奥には石材がゴロゴロとしていて、資材置き場として使われているようだ。リリリリとにぎやかに虫たちが合唱をしている。

 魔法使いはくるっと振り返り、月夜に目をキラっと光らせて言った。

「マーラがね、行方不明なのよ。あんた何か知らない?」

 ベンは戸惑った。彼女はまじめな人だ。いきなりいなくなるとは考えにくい。事件にでも巻き込まれていたら大変なことである。しかし、彼女とはダンジョン以来話もしていない。

「それは気になりますね。でも、知りませんよ。なんで僕に?」

「あんた、マーラに目をかけてもらってたからね。連絡が来たら教えて」

 魔法使いはベンの身体を舐めるように視線を這わせながら言った。

「分かったよ」

 ベンは気持ち悪く思い、一歩下がりながら適当に返事をした。

 勇者が負けたことで勇者パーティも崩壊しつつあるということだろうか。ざまぁと思うところもあるが、それがマーラを悩ませてしまっていたとしたら申し訳ないなと思った。

 だが、考え事は良くない。

 ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――!

 胃腸が暴れ始め、ポロン! と『×100』の表示が出る。

「そんだけですか? じゃあ帰ります」

 そう言って(きびす)を返すと、魔法使いは後ろからベンをすっとハグした。

 へ?

 エキゾチックな大人の女性の香りがふんわりとベンを包んだ。

「これからが本番よ。あなた、なぜ、あんなに強くなったの?」

 豊満な二つのふくらみを押し付けながら、耳元で魔法使いはささやく。

「秘密です。なんであなたに言わなきゃならないんですか!」

 ベンは必死に魔法使いの腕を振りほどく。

「あなたの薬の小瓶は全部いただいちゃったわ。もう強くなれないでしょ? クフフフ」

 嫌な声で笑う魔法使い。一体何がやりたいのかベンは困惑した。

 言われてみれば予備の小瓶は三つ。確かにさっき勇者が全部飲んでしまっていた。

「お前が盗んだんだな!」

 ベンは下腹部を押さえながら怒った。

「その強さの秘密、調べて来いと言われてるの。でも、別に言わなくてもいいのよ、死体から聞くから」

 そう言うと魔法使いは月の光にキラリと輝く小さな針を出し、ベンの首筋にピン! と飛ばして刺した。

 ぐわっ!

 痛烈な痛みにベンは気を取られ、肛門の守りが手薄となる。

 ピュッ、ピュルッ!

 ピロン! と鳴って『×1000』の文字が浮かんでいる。

 今までにない決壊にベンは青い顔をしながら、針を抜いた手でそのまま魔法使いを撃つ。

 魔法使いは素早く避けたがベンの千倍の攻撃は鋭く、かすっただけでビキニスーツがパンとはじけ飛んだ。

 月明かりに白く美しい裸体を晒す魔法使い。

 一瞬焦ったベンだったが、その豊満な胸の乳首のところにはギョロリとした目があり、お腹には巨大な口が牙を晒していた。

 はぁ!?

 凍りつくベン。魔法使いはなんと魔物だったのだ。勇者はいままで魔物と一緒にダンジョンを攻略していたということになる。つまり魔法使いは魔王軍のスパイだったのだ。

 その時、さらにいっそう大きく腸がうねった。

 くふぅ……。

 激しい便意にガクッとひざをつくベン。

「あらら、バレちゃった。でも、あなたに打ち込んだ毒は象でも倒せる猛毒。残念だったわね。ここで死んでいきなさい。クフフフフ」

 魔法使いは淡く紫色に輝く魔法シールドを展開し、その中でお腹の大きな口を揺らしながら笑う。

 しかし、ベンは止まらない。毒耐性も千倍なのだ。象はたおせてもベンはたおせない。

 ベンは腹を押さえ、何とか括約筋に喝を入れ、脂汗をたらたらと垂らしながらピョコピョコと内またで駆け出し、魔法使いとの距離を詰める。

「死にぞこないが何をするつもり?」

 余裕な顔であざける魔法使い。

「便意独尊!」

 ベンはこぶしに気合を込めると、叫びながら魔法使い向けてありったけのパワーで撃ちぬいた。

 千倍の破壊力は全てをぶち壊す。

 魔法シールドは爆散し、そのまま魔法使いのみぞおちをぶち抜いた。

 ゴフゥ――――!

 魔法使いはものすごい勢いで吹き飛ばされ、野積みの丸太に直撃し、まるでボウリングのピンのように丸太を夜空に高くかっ飛ばす。そして、野積みの石の山にめり込んで止まった。

 はぁはぁはぁ……。

 荒い息をしながら、ピョコピョコと近づくベン。

「小僧、なんてパワーなのよ……。こんなの……人の力じゃない。化け物め……」

 魔法使いはお腹の大穴から青い血をダラダラと流しながら言った。

「化け物ってひどいな。お前の方が化け物じゃないか。スパイなんかしてどうするつもりだったんだ?」

 魔法使いの身体は徐々に薄く透けていく。そして、最期にニヤリと笑うと、

「私は魔王軍四天王のナアマ……。『ベンという少年を(たお)せ』って伝令を飛ばしたの。お前はもう逃げられないわ、クフフフ……」

 と、言いながら消えていった。

 後には紫色に輝く魔石がコロコロと転がる。

 キー! キー! キー!

 不気味な鳴き声がして、ベンが夜空を見上げると、無数のコウモリが暗黒の森の方へと飛び去って行くのが見えた。

 昨日までFランクの荷物持ちだった少年は、あっという間に人類最強として騎士団の顧問になり、魔王軍の中枢からターゲットにされるハメになってしまった。

 どうしてこうなった?

 物陰で用を足しながらベンは、この数奇な運命をどう解釈したものかわからず深いため息をついた。

 しばらく鳴きやんでいた虫たちが、またリリリリとにぎやかに響き始める。