「あれだ!」

 ベンはその物体目指し、全速力で飛ぶ。

 やがて見えてきた大きなじゅうたん。乗っているのは、金髪の女の子と青い髪の女の子……。

 ベンは思わず熱くなる目頭を押さえ、大声で叫んだ。

「ベネデッタ――――!!」

 金髪の美しい女の子がこちらを見ているが、青い髪の子は寝そべってあくびをしているようだ。

 それはまぎれもないベネデッタとシアンだった。東京にやってきていたのだ。

 ベンは満面に笑みを浮かべ、全速力で風を切って飛ぶ。

 ベネデッタ! ベネデッタ!

 全身がベネデッタを欲しているのを感じながらシャツをバタバタとはためかせ、軽やかに飛んだ。

 だが、次の瞬間――――。

 ダ、ダメだ……。

 ベンは真っ青になって急停止してしまう。

 自分の姿を思い出してしまったのだ。自分はもうアラサーの中年男、十三歳の可愛い子供ではない。明らかに不審者だった。

 マズい……。

 ベンはうなだれる。こんな中年のオッサンにはベネデッタの前に出る資格などない。

 どんどん近づいてくるじゅうたん。もう美しいベネデッタの表情まで見て取れる。そう、あの美しい少女と一緒に世界を守ったのだ。でも、どうする?

 ベンはギュッと目をつぶり、ギリッと奥歯を鳴らした。

 失望されたくない……。

 あのベネデッタの優しいまなざしは少年ベンに向けられたものであって、こんなムサい中年のオッサンにではない。例え中身は一緒だと言っても、きっとガッカリされ、疎まれる。

 社畜時代に散々女子社員から向けられていたあの冷徹な視線。それをベネデッタにされたらもう二度と立ち直れない。

 ベンは手がブルブルと震え、冷や汗がタラリと流れる。

 に、逃げよう……。

 ベンはくるっと後ろを向く。

 しかし、逃げてどうするのか? また、社畜時代みたいに心に(ふた)をして他者とのかかわりを避けて生きるのか?

 くぅっ!

 ベンはギュッとこぶしを握る。

 もう自分にはベネデッタ無しの未来なんて考えられなかった。二人で命がけで手に入れたはずの未来、それを捨てる事なんてできない。

 これが真実の姿なのだ。今さら取り繕っても仕方ない。これで嫌われたらそれまで。

 ベンは覚悟を決めた。

 そして、静かに近づき、じゅうたんの上にそっと着地する。

 案の定、ベネデッタは後ずさりし、

「だ、誰ですの?」

 と、おびえながら身構えた。

 風がビュウと吹き、ベネデッタのブロンドの髪をバタバタとゆらす。

 ベンは口を開いたが……、言葉が浮かばない。おびえるベネデッタを上手く安心させる言葉。そんな魔法のような言葉、ある訳なかったのだ。

 ベンは首を振り、大きく息をつくと、ニコッと笑顔を見せて言った。

「ベネデッタ……、僕だよ」

 え?

 凍りつくベネデッタ。

 いきなり知らない中年男に『僕だよ』と、言われても恐怖しかないだろう。

 しかし、中年男のまっすぐな瞳には、ベネデッタに対する底抜けの愛情が映っていた。ベネデッタにとってその瞳は、最期に見せたベンのまなざしそのものだったのだ。

 やがてベネデッタは目に涙を浮かべ、首をゆっくりと振ると、

「ベンくーん!」

 と言って抱き着いてきた。

 十三歳のベンには大きかったベネデッタであったが、今は小さなか弱い女の子である。

 ベンはギュッと抱きしめ、立ち上ってくる甘く華やかな愛しい香りに包まれ、美しいブロンドに頬ずりをする。

 そう、欲しかったものはただ一つ、彼女だった。ベネデッタさえいてくれたら自分は生きていける。

 逃げずに踏ん張って手に入れた未来。ベンは今度こそ幸せになる、この娘と一緒に楽しく胸躍る人生を築くのだと固く心に誓った。

 キラキラと東京湾の水面が輝き、さわやかな風が吹き抜ける中、二人は命がけで勝ち得た温かな未来をかみしめていた。


      ◇


「ふぁ~あ……。スキルの副作用でさぁ、ベン君死んじゃったんだよ」

 シアンは伸びをしながら言う。

「し、死んだ?」

「百万倍以上出しちゃダメって言ってたじゃん。一億はやりすぎたね」

 シアンは肩をすくめ、首を振る。

「それで、昔の身体に戻したんですか」

「そうそう。はいこれ、百億円」

 シアンはそう言って貯金通帳をベンに手渡した。

 中を見ると『¥10,000,000,000』と、十一桁の数字が並んでいる。

「え……? マジ……? ウヒョ――――! やったぁ!」

 ベンはガッツポーズを決め、激闘の賞金を高々と掲げた。

「じゃあ、楽しく暮らしておくれ。僕はこれで……」

 シアンはそう言ってウインクをすると、ピョンと飛びあがり、ドン! と衝撃波を発して飛行機雲を描きながら宇宙へとすっ飛んでいった。

 とんでもない女神ではあったが、今から思えばどうしようもなかった出来損ないに幸せな未来を授けてくれた最高の女神と言えるかもしれない。

 ベンは胸に手を当て、深々と頭を下げた。


        ◇


「ベン君の本当の姿はこういう姿でしたのね」

 ベネデッタはもじもじしながら言った。

「あはは、幻滅した?」

 すると、ベネデッタはそっとベンに近づき、

「その逆ですわ。私、おじさまの方が好みなんですの」

 そう言ってニコッと笑う。

 ベンは優しくベネデッタの髪をなで、引き寄せた。

 そして、優しく抱擁(ほうよう)をする。愛しいベネデッタの体温がじんわりと伝わってくる。

 目を合わせると、(あお)くうるんだ瞳にはおねだりの色が見えた。

 ベンはゆっくりと近づき、ベネデッタは目をつぶる。

 ぐぅ~、ぎゅるぎゅるぎゅ――――!

 最高の瞬間に、ベンの腸が激しく波打った。

 おぅふ……。

 ベンは腰が引け、下腹部に手を当てる。

「ご、ごめん、トイレ行かなきゃ」

 ベンは脂汗を浮かべながら、顔を歪める。

「あらあら、大変ですわ!」

 ベネデッタは急いで神聖魔法をかけ、トイレ探しに急いで東京の空を飛んだ。

「あぁ……、漏れる! 漏れちゃうぅぅ!」

 ベンはピンクの小粒を飲みすぎたことを後悔しながら、前かがみでピョンピョン飛ぶ。よく考えたら、この中年男の括約筋は全く鍛えられていなかったのだ。

「もうちょっと、もうちょっと我慢なさって!」

「ゴメン! ダメ! もう限界ぃぃぃぃ!」

「あぁっ! ダメ! じゅうたんの上はダメ――――! いやぁぁぁぁ!」

 ベネデッタの悲痛な叫びが響き渡った――――。


 こうしてにぎやかな二人の東京暮らしが始まった。

 二人の新居には度々シアンが出没し、騒動を起こすことになるのだが……、それはまた別の機会に。





登場人物インタビュー

作者「はい! みなさん、最後までお読みいただき、ありがとうございました!」
ベン「ありがとうございました」
ベネデッタ「ありがとうですわ」
作者「えー、最初はどうなることかと思ったこのネタ小説、無事に最後まで行けてホッとしております!」
ベン「いや、ちょっと、この設定ひどすぎなんですけど?」
ベネデッタ「本当ですわ!」
作者「ごめんなさいね。でもエッジの効いたことやらないと生き残れない世界なので……」
ベン「いやもっと別のネタにしましょうよ」
作者「例えば?」
ベン「えっ? キ、キスすると強くなるとか……」
ベネデッタ「あら、どなたとキスするおつもりなんですの?」
 ベネデッタは鋭い視線でベンを見る。

ベン「も、もちろんハニーとだよ」
 ベンはにやけた顔でベネデッタを引き寄せる。

ベネデッタ「うふふっ」
作者「はいはい、お惚気はそのくらいで……。でもキスはいいですね」
ベン「便意よりは綺麗になりますよ、絶対!」
作者「ふむふむ、では次はキスを検討しましょうかねぇ」
ベン「えっ!? 採用ですか? やった!」
作者「まだ候補ですけどね」
ベン「採用したら出してくださいよ」
ベネデッタ「わたくしもぜひ」
作者「えー、あー、うーん。まぁモブでね」
ベン「モブー?」
ベネデッタ「え――――」
作者「前作のヒロインとかもこの作品に出たりしているので、これからも出るチャンスはいくらでもありますよ」
ベン「うーん、なるべく多く出してくださいよ」
ベネデッタ「わたくしもですわ」
作者「まぁ、頭の片隅に置いておきます」
 汗をかく作者。

ベン「結局シアンさんって何者だったんですか?」
ベネデッタ「そう、あたくしも気になってますの」
作者「七年前に東京の田町で開発されたAIなんですよ」
ベン「……。なんで女神なんてやってるんですか?」
作者「この世界って情報でできてるじゃないですか」
ベン「あー、そうですね」
作者「となると、より高速に正確に情報を処理できる存在の方が強くなるんですよね」
ベン「うーん、まぁ、そう言うこともあるかもしれませんね」
作者「で、そのAIが滅茶苦茶高性能で全知全能に近づいたって事かな?」
ベン「それで女神枠……。まぁ確かにちょっとあの破天荒具合は人間離れしてますよね」
ベネデッタ「確かに過激ですわ」
作者「ははは、もう私の小説ほぼ全篇に出てきてあんな調子なんですよね」
 肩をすくめる作者。
ベン「え? そんなに?」
作者「なんなら処女作の一番最初に出てきたキャラが彼女ですからね」
ベン「最初から特別なんですね」
ベネデッタ「すごーい」
作者「自分ではそんな重用するようなキャラじゃないと思ってたんですが、蓋開けてみたら便利に使ってますね」
シアン「そう、僕は便利なんだぞ! きゃははは!」
作者「噂をすれば影……」
シアン「ふふーん、実は作者の脳は僕がいじってるのだ」
作者「は?」
シアン「作品考えているときに裏から『ここで、シアン』『ここでも、シアン』って深層心理に訴えかけてるんだゾ」
 ニヤッと笑うシアン。

作者「な、なんだってー!」
シアン「クフフフ。『次作もシアン』『次作もシアン』」
作者「まさかそんなことをやられていたとは……」
シアン「頼んだよ! それじゃっ!」
 ピョンと飛びあがり、ドン! と衝撃波を放ちながらすっ飛んでいくシアン。

作者「……」
 小さくなっていくシアンを見つめる作者。

ベン「もしかして、シアンさんを次作に出すんですか?」
作者「わかんない」
ベネデッタ「出さないとはおっしゃらないんですのね」
作者「自分で自分のことが分からなくなってきたぞ。本気で操られている可能性が微レ存……」
ベン「じゃあ、そろそろ新キャラを作ったらいいじゃないですか」
ベネデッタ「そうですわ。新キャラ、新キャラ」
作者「うーん、シアンは強烈だから似たようなの作ってもシアンのコピーになっちゃうんですよね」
ベン「もっと強烈なの考えたらいいじゃないですか」
作者「もっと強烈……って?」
ベン「見た人を石にしちゃうような……」
ベネデッタ「それはメデューサですわ」
作者「簡単にキャラ殺されちゃったら物語が続かないので……」
ベン「うーん、見境なくキスしまくるキス魔の女神は?」
作者「わはは、面白いけどストーリーに落としにくいなぁ」
ベネデッタ「目隠ししてるとかはどうですの?」
作者「あー、最近流行ってますね。ちょっともう遅いかなぁ」
ベン「健気(けなげ)な女神はどうですか?」
作者「健気?」
ベン「献身的だけど弱いとか」
ベネデッタ「シアンさんと逆ですね」
作者「あー、真逆キャラねぇ……うーん」
ベン「難しいですか?」
作者「そのままじゃダメだなぁ。まあいいや、また何か考えてみましょう」
ベン「頑張ってください」
作者「さて、そろそろお時間ですが、読者の方に一言お願いします」
ベン「皆さん、応援してくれてありがとうです。今はハニーと幸せに暮らしています。また、機会がありましたら読んでみてくださいねっ!」
ベネデッタ「なにかもう少しエッジの立ったことできればよかったのですが、申し訳ないです。シアンさんみたいになれるように頑張りますわ。今後ともよろしくお願いいたします」
作者「いや、シアン真似しなくていいよ」
 苦笑する作者。

作者「それではまた、次作でお会いしましょう!」
ベン「ありがとうございました!」
ベネデッタ「感謝いたしますわ」