「だったら、瀬戸は?」
「……え。……なんで?」
彼がわたしの名前を知っていた。そのことに対して、なんで?と返した。
入学してから今日までの、半年とちょっと。同じクラスであるにも関わらず、互いに接する機会を持たずにきたから。
彼に対する恐怖心よりも、あぁ、わたしのこと知ってたんだ、って驚きのほうが大きかった。
「俺が使ったら、そっちはどうすんの?」
「わたしは、大丈夫」
「なんで?」
「もう一本持ってるから」
スクールバッグから折りたたみ傘を取り出し、見せる。
初めて言葉を交わしているのに、彼と向き合っていると、なぜだか自然と口調がきつくなる。
彼との間に一本の線を引くように、スッと。言葉は勢いよく放たれる。
「柳田くんみたいに、勝手に持っていく人がいるから。そういう時のために、もう一本持ってるの」
なかなか受け取ろうとしない傘を傘立てに挿すと、折りたたみ傘のネームボタンを外した。
数年前に買ったものだけれど、出番が少ないせいか、ミントグリーンは色褪せずに綺麗なままだ。
「それじゃあ、」
軽く会釈をしたところで、当然、何も返ってはこない。
傘、ちゃんと使うかな。
あの傘より、こっちのほうがよかったかもしれない。
そんなことを考えながら、ひとり家路を急いだ。



