蓮がこの世を去ってしまうかもしれないという不安と恐怖に駆られた梓は、突然ペンを置いてスッと席を立った蓮に涙ぐみながら呟いた。



「いかないで……」



これが元カノとしての精一杯の気持ちだった。
今は大切な友達だし、私には先生がいるから変に期待をもたすような言い方は出来ないけど、力になる事だけはこれからも伝え続けていきたい。



「……え(トイレに行こうと思って席を立ったんだけど)」

「お願いだから、まだ逝かないで……」



蓮は俯きざまに涙ぐませながら数学のワークを開いたままペンをギュッと握りしめている梓を目の当たりにした瞬間、異変に気付いた。



梓の様子がおかしいけど、どうしたんだろう。
トイレに行こうと思って立っただけなのに、泣きそうな顔で行かないでと言われても……。
もしかして、ワークの問題が解けるかどうか不安なのかなぁ。
聞きたい事が沢山あるから引き止めたのかもしれない。

でも、こっちもさっきからトイレを我慢してたのに。



「まだ、(トイレに)行ったらダメ?」

「うん、まだダメ……(逝くにはまだ若すぎる)」

「わかった(仕方ない。じゃあ今のページが終わってから行くか)」



蓮をこの世から失う苦しみに耐えきれず、本人を目の前にして取り乱してしまった。
『逝かないで』なんて、まだ病気について触れてないのにストレート過ぎたかな。

でも、「ダメ」って言ったら「わかった」って……。
病気という事に気付いてしまったのがバレたかな。
もしかしたら、そのせいで余計な負担をかけてしまったかもしれない。


しかし、一度泣いたら抑えていた気持ちが少し落ち着いてきたのでワークの続きを始めた。
頭を抱えながら真剣に問題を解いてると、蓮はモジモジしながら横からちょっかいを出した。



「ねぇ」

「ん? あー、この問題わかんない」


「おい!」

「何よ。一生懸命この問題を解いてるでしょ。ったく、うるさいなぁ……」


「……そろそろ、トイレに行ってもいいかな」



さっきはワークを解くのに不安そうにしていたからトイレを我慢して見守っていたけど、膀胱がもう限界。
今は集中力が上がってるみたいだから、タイミングを見計らってもう一度声をかけた。

それなのに、あいつは……。



「え? どうして私にそんな事を聞くの? 小学生じゃないんだから、トイレくらい勝手に行けばいいじゃない。いい年してバカじゃないの?」

「お前……」



俺の気持ちを粗末にする。
お前が「行かないで」と言うから、限界までトイレを我慢してたのに。