「トイレで手ぇ洗ったから、ハンカチ貸して〜。」

「あんたの彼女に借りればいいでしょ。」


「いまハンカチを使いたいの〜。いま~。」



奏は、子供が母親にねだるようなおふざけ口調で接近。
人懐っこいというより、単にバカにしてるだけ。



「ハンカチくらいちゃんと持ち歩いてよ。」

「女がいつも持ってるからハンカチを持ち歩く必要がないし~。」


「…はいはい。」



呆れ顔でそう言いながらハンカチを貸そうとして、しぶしぶとブレザーのポケットから取り出した。



ーーが、次の瞬間。

同じポケットに入っていた秘密の付箋が、ハンカチを取り出したと同時にヒラリと足元へ落ちた。

奏はすぐさまメモの存在に気付く。



「ねぇ、ポケットから何か一緒に落ちたよ。これ、なぁに?」



奏は落ちた付箋をヒョイと拾い上げてメモに目を通す。



「え…、何か落ちた?」



梓が気付いた時には既に遅し。
奏は拾った付箋をヒラヒラと見せつけながら、まるで弱みを握ったかのように口元をニヤつかせた。



「何コレ。【ごめん。午後から出張だから今日は会えない。夜、電話するね。】って。お前センセーと付き合ってんの?」



一瞬、頭が真っ白になった。
あんなに注意深く扱っていたメモをあっさり落としてしまった挙句、奏に読まれる隙を与えてしまうとは…。



「やっ、やだなぁ。違うよ。」



反論しつつも、寒気がするほど全身の血の気が引いた。



「しらばっくれんなって。…誰だよ、午後から出張に行ってるヤツ。教師と生徒の恋……相当ヤベーな。」

「メモを返して!」



奏が高々と上げた付箋は、取り返そうとして必死にジャンプをしても、小さな身長では届かない。

意地悪な奏は、そんな梓を見るなりほくそ笑む。



先生との秘密の関係がバレちゃう。
先生が学校を追い出されちゃう。
私も退学になっちゃう…。



気が動転しそうなほど焦り狂った梓は、ジャンプを繰り返しながらうまく誤魔化す方法を考えていた。