梓は蓮が振り向く事を期待していたが、音楽のボリュームが大きいせいで梓の存在に気付かない。



「蓮っ…。」



梓は自分の存在を気付かせるように声をかけながら蓮の腕を引く。
すると、蓮はようやく気付いてイヤホンを片耳から外した。



「ようやく来たか。遅ぇよ。」

「……遅いのは蓮の方だよ。私はずっと教室で待っていたのに、蓮がなかなか来ないからあちこち探しに行ったんだよ。今まで何をしてたの?」


「あはは、ごめん。今日で卒業だから色んな奴に連れ回されちゃって…。」



蓮はそう言って苦笑いする。

よく見てみると、まだ空気がひやりとする三月上旬なのに、蓮はワイシャツ一枚で上には何も羽織っていない。



「それはいいとして…。今日は肌寒いけど、ブレザーを着なくても平気なの?」

「…それがさ、誰かにブレザーを引っぺがされて、卒業記念って持ってかれちゃったんだよね。俺、軽くひったくりに遭ったんだな。」


「あはは。…蓮は人気者だね。」



久しぶりに蓮と目と目を合わせて笑い合った。

さっきは会えずじまいで不安なひと時を過ごしたけど……。
彼に会えた途端、さっきまで抱えていた不安は何処かに吹き飛んでいった。