『約束があるから』と言って、母には先に帰ってもらった。
紬と最後のお別れをした後、蓮と約束している教室へと向かう。



毎日当たり前のように駆け上っていた階段を、三年間の数々の思いを巡らせながらゆっくりと一段一段踏みしめ、教室の扉を開けて中に入ると……。

開いている窓から、春風がびゅうっと勢いよく身体を包み込んだ。



教室内は、先程まで涙で包まれていたとは思えないほど閑散としている。



そこに、蓮の姿はない。



黒板に書かれているクラスメイトのメッセージは、いつしか隙間がないほど文字で埋め尽くされていた。

蓮を待っている間、紬と一緒に書いたメッセージの自分の分だけを消して、新たにメッセージを書き加えた。



チョークを置き、ブレザーに付着したチョークの粉をパッパと払い落とす。
それから、先程まで座っていた自分の席に座り、黒板に書かれているメッセージを一つ一つ目で追った。



しかし、メッセージを全部読み終えから暫く待っていても、蓮は全く来る気配がない。



机にうつ伏せになったり。
深いため息をついて頬杖をついたり。
席を立って教室の隅々まで見回ったり。
扉に手をついて廊下を眺めたり。



壁時計の針は進む一方。
過ぎゆく時間と戦っているのは、蓮に会えるかどうかという不安。


時たま紬の様子が気になったりもしたけど…。
人の気配すら感じられない校舎に孤独を感じた。