本鈴が鳴ったと同時に、梓はジャージを握りしめたまま幽霊のように静かに教室に戻って来た。
同じく目を腫らしたまま着席している紬は、時間の都合上、梓に声をかける事が出来ない。


梓は墨まみれのジャージを鞄にギュッと押し込んだ後、泣き腫らした顔が右斜め後ろの蓮にバレないように、授業中にしかかけない眼鏡を装着。




最近はほぼ自習。
時間割通りの科目の教師が、教室に来て質問を受けるだけ。
進路先が決まってる生徒は基本自由登校だけど、資格検定を受ける人や進学先の宿題が出ている生徒も登校している。



勉強中は感情の荒波に飲み込まれていたけど、時が心を和らげてくれた。

次第に落ち着きを取り戻して、昼には紬に頭を下げる事が出来た。



「さっきは心配かけてごめんなさい。」

「梓…。もっと私に頼っていいんだよ。」



紬は梓を両手いっぱいに抱きしめて、優しく背中をさする。
梓は紬に甘えるように肩にしなだれかかった。




紬は私にとってかけがえのない存在。
きっと紬という大きな支えが無ければ、私は嫌がらせと戦いぬく事が出来ずに学校を辞めていただろう。

人間はそこまで強くないから、傷付いた時は誰かが傍にいて欲しい。






だけど……。
その日は、墨汁の件でおしまいではない。

卒業まで残り二週間という焦りから、判断力が欠如していた。
普段なら引っかかるはずもない罠に、いとも簡単に引っかかってしまうとは……。