蓮はすれ違いざまに梓の腕をガシッと掴んで足を引き止めた。



「……まさか、授業サボるつもり?」



梓の事情を知らない蓮の目線は冷たい。



「違うよ…。ちょっと、急いでるから手を離して。」

「何をそんなに急いでるの?もう、体育の授業が始まるけど。」


「ジャージの上着が濡れちゃって…。急いで美玲にジャージを借りに行かないと本鈴が鳴っちゃうから。」

「はぁ?何でお前のジャージが濡れてるんだよ。……まさか、一人で水遊びでもしてたとか。」


「もーー!頼むから手を離して。時間がないの~~!」



梓の切羽詰まった表情に、黒っぽく変色するほど濡れた紺色のジャージ。


蓮は異変に気付き5秒ほど口を黙らせると、進行方向とは逆の体育館の方へ力強く手を引っ張り走り出した。



「なら、そっちじゃねぇ…。こっちへ来い。」

「えっ…。美玲の教室はそっちじゃないよー!」



体育館を目掛けて走り出す蓮の背中に、私の声は届いていない。
今にも転びそうなくらいのスピードで手が引かれている。



「ねぇーっ、蓮!蓮ってばぁ。」



後ろから幾度となく名前を呼んでも、蓮はひと言も話さない。
ただただ、手を強く握りしめながら体育館方向に向かって走るだけ。







「あれ………。梓?」



既に体育館に到着して他の友人とおしゃべりしていた紬は、美玲の教室に向かったはずの梓が体育館入口で蓮に手を引かれている姿を目撃する。



蓮は体育館内のある部屋に入ると、扉を閉めて鍵をかけた。



蓮が梓を連れ出した先…。
そこは、梓と高梨が密会を重ねている、あの用具室だった。