だけど、梓は一向に手の力を弱めない。
って言うか、火事場の馬鹿力の発揮どころが違うだろ。
俺は全く降りる様子を見せない梓に焦りを感じていた。
「早く椅子から立って。もたもたしてたら扉が閉まっちゃうだろ!」
「やだ〜。降りたくないってばぁ。」
「早く降りないと家に帰れなくなるだろ。」
「それでもいい~のっ。今日は蓮の家にお泊まりするから。」
「アホ!自分ちに帰れよ。」
「うっ……、ちょっと気持ち悪くなってきた。」
「えっ!大丈夫?」
「あはは、うっそーん。目くらまし作戦だよぉ。」
「てめぇ~~!」
人目を憚らずに梓と言い争っていると……。
プルルルル……
『ドアが閉まります。ご注意下さい。』
プシューッ ガタン
俺の願いとは裏腹にゆっくりと閉ざされていく電車のドア。
梓の最寄駅の景色が目の前でシャットアウトされていく…。
「あっ…、もう終電なのに…。」
虚しくも俺の願いは届かず……。
結局、置き物のように手すりにしがみついて座っている梓を最寄り駅で降ろすことなく、次の駅へと出発して行く。
窓の外の景色が進み始めると梓は、再び夢の中へと戻っていった。