しかし、普段から蓮の体調を心配している梓は、この時ばかりは正確な判断力を失っていた。



「車を停めてっ…。お願い!」



隣から悲鳴混じりのような緊迫した声が届くと、高梨はハザードランプを点滅させて車を脇へ停車させた。
驚愕するあまり思わず目を見張る。



「……急にどうしたの?」



高梨は深刻そうに俯いてる梓の膝の上に置いている手を握ろうとするが、梓は高梨の手が触れる直前に足元に置いておいたカバンを強く握りしめた。



「…ごめんなさい。」



梓は高梨に震えた声で謝罪を伝えると、受け取ったばかりのサーカスのチケットをシートに残して車から飛び出した。



「梓っ……。」



高梨が背中から引き止める声は、蓮の元へ急ぎ行く梓の耳に入っていかない。



先生は私を喜ばせる為に今日という日をセッティングしてくれた。
さっきの私までは、そんな先生の気持ちに応えて今日のデートを楽しむつもりだった。



それなのに、高速手前で突然入ってきた蓮からのメッセージ。


体調不良を訴えるメッセージ内容と、高速道路の一歩手前といった切迫していた状況によって私は自分を見失なってしまった。



先生の元を離れ、蓮のところを目掛けて無我夢中に走っている私は、知らず知らずと蓮に気持ちが傾き始めている事に、まだ気付かないでいた。