先生はすぐに口を開かなかった。
目線を落としたまま。
何かを考えているかのように瞳も動いていない。
すると、教頭は沈黙を貫く先生に声を荒らげた。
「高梨先生!」
「……誤解です。写真は菊池と二人きりに見えるかもしれませんが、実際は二人きりではありません。」
「じゃあ、誰が一緒に居たと言うんですか?高梨先生の口から説明して下さい。」
「…それは。」
「それは?」
メガネを光らせて詰め寄る教頭先生に対して、握りこぶしに力を入れて俯いたまま口を閉ざす高梨先生。
先日、隣県のショッピングセンターで元教え子に遭遇した時のように、機転を利かせてその場しのぎの嘘をつけばいいのに…。
今は次の言葉が出て来ない。
ーーしかし、先生が窮地に追い込まれていた、その時。
ガチャ……
「失礼しまーす。3年B組 柊 蓮入りまーす。」
突然明るい声で現れた蓮は、校長室の扉を勢いよく開け、重苦しい雰囲気など物ともせずにやって来た。
「梓〜。さっき教室で拾ったって言ってた俺の財布、早く返してくれない?ジュース買いたいんだけど。」
「えっ…財布?」
身に覚えのない財布話に唖然としていると、蓮は私に気付かせるように目配せをする。
そこでようやく蓮がここに来た理由が判明した。
「あっ…、あぁ。蓮の財布なら教室に置いてきたけど。」
「早く返せよ。……で、こんな所で何やってるの?…何?その写真。」
蓮は短い時間の中で鋭い観察力と洞察力を働かせた。
「あれぇ……、この写真。なんで俺が写っていないんだろ。これじゃあ、梓と高梨が二人きりみたいじゃん。…しっかしヘッタクソなカメラマンだなぁ。梓の写りが悪くない?本物はもっとかわいいのに。」
蓮は机に置いてある写真をヒョイと手に取ると、まるで現場に居たかのような言いっぷりに。