バレンタイン

 どのくらい時間が経っただろうか。

 その間、何十人もの人々がバスに乗って家路についた。

 何人もの人が箱のなかを覗き込んだ。

 仔猫を抱きあげる人もいた。

 それでも、仔猫はひとり取り残された。



 私の身体はすっかり凍え、爪先はじんじんと痛む。

 辺りは益々暗くなり、もうじき本格的な夜がやってくる。

 無情にも今日に限って天気予報は的中し、今年最初の雪も散らつき始めていた。


 それなのに、仔猫はまだひとりぼっち。

 頼りないその声は、ますます小さくなってきた。

 きっと寒くて、心細いに違いない。
 
 でも、一生懸命に生きている。

 私も寒いなんて云ってらんない。

 
「でも、さっむう~いぃ~...」



 その時だった。

 段ボールの横にすっと背の高い人影が立ち、箱の中を覗き込んだ。

 一旦はバス停を通り過ぎようとしたその影は、おそらく仔猫の鳴き声に気付いて戻ってきてくれたのだろう。


「みゃう」

 
 仔猫は精一杯の声で彼に訴えている。

 彼は腰を屈めて固まっている。

 もしかして、猫嫌い...?


 そのとき、彼がおもむろにこちらを振り向いた。


「あっ」


 咄嗟に私は本屋の壁にへばりついて隠れた。

 だって、私ってばかなり変な人じゃない?

 すっとバス停の様子なんか窺ってて。

 .....けど、慌てて隠れるのも怪しかった?

 目、合っちゃったかな。


 彼がこちらを振り向いて初めて気付いたけれど、あの人、私見たことある。


 うちの高校の3年生だ。

 それも、ずば抜けた美形でかなり有名な。

 名前は確か、ヒビキヤ レン。

 学校イチのアイドルだ。