今日は父が療養している“千田記念病院”へ行く日だ。新宿から電車で一時間、そしてバスに乗り継いでトータルで二時間はかかる長い道のりだ。

千田記念病院は緑豊かな丘の上にひっそりと佇んでいて、ストレスもなく穏やかに療養できる病院として有名だ。母も雑然とした都心の病院よりも、この自然な環境が気に入っているみたいであまり人と関わることを好まない母が“患者の家族の会”というコミュニティにも積極的に参加しているらしい。ただ最寄りの駅から本数の少ないバスにタイミングよく乗らなければならず、少しアクセスしにくいのが難点だった。

「あら、真希、今日は仕事休みなの?」

父の病室を訪ねると、席を外していた母がすぐ戻ってきた。五十になる母は、父のことで気を揉みすぎた長年の疲労からか、前までは少しやつれて老けて見えたけれど、父がここの病院に落ち着いてから気持ちの余裕ができたのか、今は元来の溌溂さを取り戻していた。

「うん。色々忙しくて二週間ぶりになっちゃったけど、お父さんの調子どう?」

病院へは一週間に一回のペースで訪ねるようにはしている。母も仕事をしている私に気を遣って「来られるときでいいのよ」と言ってくれるけれど、やっぱり二週間も父の顔を見ないと落ち着かない。