友梨佳先生が時折病院や大学で行われる講演会の講師として呼ばれていることは知っていた。
まさかここの病院で偶然会うなんて思いもよらなかったな。

「あ、あの、私――」

自分の身にあったことを話そうとしたけれど、聖一さんのお父様からこのことは誰にも言ってはいけない、と口止めされていたことを思い出す。私は開きかけた口をわずかに動かしただけで結局何も言えなかった。

「それより、あなたすごい顔色してるわよ? 具合でも悪いの? ちょっと貸して」

友梨佳先生が私の手首を取って脈を取り始める。その細くて長い指がひやりとした。先ほどまではたいしたことなかった胃の不快感がじわじわと込み上げてきて、嫌な汗が滲む。

「少し頻脈ね、貧血気味じゃない?」

「そう、ですかね……」

うぅ、だめ、もう吐きそう。

「小野田さん? 大丈夫なの?」

「すみません!」

我慢の限界だった。私は友梨佳先生にろくに返事を返せないまま口元を押さえ、近くにあったトイレに駆け込んだ。

……はぁ、最悪。

水で流した口を拭い、鏡に映る自分を見ると青白くて目の下にクマもできていた。

こんな顔してたら誰だって心配するよね。

早く帰って休もう。

おぼつかない足取りでなんとかトイレから出る。すると、友梨佳先生がドアの向こうに立っていて名前を呼ばれたような気がしたけれど、そこで私の意識がふっと途切れた。