「……それでね、なんと私、結婚することになったのー! ふふ、びっくりしたでしょ?」

「え? あ、うん。そうなんだ、よかったじゃない」

我に返るとそこは静かなクラシックが流れるいつもの喫茶店。

長年付き合っていた恋人とようやく結婚が決まったという、元同僚の惚気を延々一時間も聞かされているうち、どうやら私は過去の失恋の記憶にどっぷり浸っていたようだ。

正直、彼女の話は半分も頭に残っておらず、“結婚する”というところだけを聞いて慌てて相槌を打った。照れたように目を伏せた彼女はそんなことにも気づかず、緩んで緩んで仕方のない真っ赤な頬を両手で覆い、身体をくねくねさせていた。

彼女から『彼氏のことで相談に乗って欲しいの』と言われ、別れようかと悩んでいると打ち明けられたのが二ヵ月前。そのときもちょうど同じ喫茶店で同じ席だった。