役所の仕事が9時から5時までなんて言われていたのは遠い昔の話。

職場では私が採用になった当初から普通に残業が行われているし、朝当番で早出する時だってある。

隣の席では、同じ課のマドンナ的存在である吉木美沙が、華やかな笑顔を振りまきながら特徴ある鼻声で、林田係長と楽しそうに会話しているのが聞こえてくる。



「昨夜の『動物さん達、集まれレッツゴー』観ました?」

「あ~。あの動物番組ね。ウチの娘が見ていたな。」

「レッサーパンダのマル君が可愛かった~。私もあんな可愛い動物なら飼いたいわ~。」

「ウチの娘も動物が飼いたいってうるさいんだよ。ウチのマンション、ペット禁止だからまいっちゃってさ。」

私も昨夜その動物番組を観ていたので、つい聞き耳を立ててしまう。



「ね。臼井さんは、観た?」

気を使ってくれているのか、吉木美沙は急に私に話題を振ってきた。

「あ・・・はい。」

「臼井さんはどの動物が可愛いと思った?」

「ええと・・・オラウータンが・・・」

「ええー?オラウータン?あのゴリラの出来損ないみたいな動物?どこがいいの?」

「えっと・・・あの・・・」

つぶらな瞳とオレンジ色の毛並みが可愛いの。

オラウータンって5歳くらいの子供と同じくらいの知能があって、すごく賢いの。

IPadを使えちゃうオラウータンもいるんです。

そして孤独を愛する動物なんです。

頭の中では色んな言葉が渦巻いているのに、上手く口に出せない。

言い淀んでる私を、吉木さんはしばらく不思議そうな顔で見た後、すぐにまた林田係長との会話に戻っていった。

林田係長にいたっては、私の存在など完全無視している。

ここで上手く会話が続けられれば「ウスイサチ」なんて陰で呼ばれることなどないのに。



そう。私の職場でのあだ名は、誰が付けたのか知らないけれど

「ウスイサチ」

その理由は、私の名前が「臼井ちさ」だということ。

そして私の顔や立ち振る舞いが「幸が薄そう」に見えるからだということ。

このふたつをうまく掛け合わせているのだ。



たしかに私の顔は薄い。

笑っていても困っているように見えてしまう下がり眉。

純和風な奥二重の瞳、血色の悪い薄い唇、鉄分不足なのかと心配される青白い顔色。

黒い髪は肩甲骨まで届く、なんのアレンジもないストレートなロングヘア。

薄幸な役が似合う貞子を演じた女優にどことなく似ているねとか、色が白くて和風美人だね、などとたまに言われ、自分でもそんなに顔の造作は悪くないと思ってはみるけれど、いかんせん暗い雰囲気が漂うからか、ちやほやされることは皆無だ。

スタイルは中肉中背で凹凸がメリハリしてるわけでもなく、それといって特徴があるわけでもない。

不幸な影を背負ったような、隅でひっそり佇む地味な女、それが私。