店に着くと、まだナナたちは出てきていないようだった。
部屋に乗り込むのを躊躇っていると、漸くして2人が出てきた。
——2人して、赤い眸。
ナナは更に、顔も赤い。
でも……手は、しっかり繋がれていた。
そうか、うまく纏まったのね。
「アルバート」
エドウィン様が声をかけると、こちらに気がついたアルバート様は、手を繋いだまま深々と頭を下げた。
「お陰様で、未来が見えました。
ありがとうございます」
ナナも、慌てて頭を下げる。
その口元は、幸せそうに笑みを刻んで。
……まぁ、いいか。ナナが幸せなら、ミクにデレデレしたアルバート様は忘れてやろう。
残念ながら、エドウィンは卒業後だったので、ミクにデレデレしていたのは数えるほどしか見ていない。
ナナは毎日見ていたのに許せるなんて……凄いわ、尊敬する。
名残惜しそうな2人と分かれて、ナナと家に帰る。
着替えてサロンに行くと、ベルとアリー、カティが待ち構えていた。
3人とも心配してたもんね。
私のすぐ後にナナも入って来て、久しぶりに5人揃っての、小さなお茶会。
実は、何があってもナナをフォローするため、とっておきの紅茶とお菓子を用意してました!
「……で?」
ひとしきりお茶を飲み、お菓子を摘まんで。
皆ソワソワしだしたので、私が口火を切る。
「で、とは……」
もじもじと身体をくねらせているナナが可愛いです。
「また婚約者に戻りますの?」
アリーが不審げに問う。
……ま、自然な反応だわね。
アレを見てるんだもの。
「…そう、なり、ます、かね……?」
はにかんだナナがレアだ。
「でも、ナナ、かなり怒ってらしたでしょう?
よくその決断に至りましたわね」
多分一番納得がいってないアリーが、更に問う。
私も不思議だし、自分に置き換えても無理だ。
私がエドウィンのことを保留にできるのは、実際目にする機会が少なかったから。
アレは無理だわー。
「…土下座されましたの」
——はい⁉︎あのアルバート様が⁉︎⁉︎
髪の毛一本から足の爪の先まで、『プライド』で出来ていそうな、あのアルバート様が⁉︎
そしてこの世界にもあったのか土下座‼︎
私が妙なことに衝撃を受けて黙っていると、ナナは更に説明した。
「土下座ののち、脚に縋り付かれましたの」
「「「「脚に‼︎縋り付くぅ⁉︎」」」」
皿のような目と、声を揃えて、私たち4人は仰け反った。
いやいや、それは覗いてはいけない、呪われし闇の深淵。
厨〇的な表現を使う程衝撃を受けたということを、ご理解いただきたく。
———良かった、部屋に入らなくて。
私は心から安堵した。
「それで、流石に呆気に取られましてね。
『言い訳になるけど、私の状況を知って欲しい』と言われて、洗いざらいというか、色んな事件の中でアルバート様がどういう状況だったか、事細かに教えてもらいましたの。
——アルバート様も、自分の心の動きが不自然だと思って、かなり抵抗したそうですの。
でも、どんどん頭に靄がかかる感じで、判断力が落ちたところで、自分の意思に反して身体が動いたのだそうです」
スッと真面目な表情になって、ナナが続けた。
「意識的かどうか分かりませんが、『動作』まで本人の意思から外れてしまう、というのは、かなり不味い状況ですわね。
証人がいるわけですから、聖女様の状況は、かなり不利だと思われますわ」
成る程、それで『軟禁』ね。
「正直、私も恐ろしいと思いますし、『魅了』の能力とやらは、この世から消してしまうべきですわ」
そうね、本当にそう。
明日から、預かってる資料をひっくり返す決意をしていると、横から咳払いの音がした。
「皆さま、今はその話ではありませんでしょう?
ナナ、それでどうなったのですか⁉︎」
喰い気味に、ベルが話を戻す。
恋バナは、乙女の大好物だもんね。
他の3人も、頷きを返す。
「…ええと…、それから、昔から私のことを愛していて、婚約が整ってどんなに嬉しかったか、とか、結婚をどれだけ楽しみにしていたか、とか、もう洪水のように言葉を浴びせられて、ですね……」
「で、絆された挙句、押し流された、と」
私の結論に、ナナは赤くなって眸を逸らした。
「で…でも、2度目は無いと言ってありますのよ……」
ナナは言い訳のように言う。私たちは、噴き出した。
私を含め、皆の眸は生暖かく、口は『ナナ、チョロいな』という風に歪んでいるだろう。
——でもね。
その選択は、相手に真っ直ぐ向き合うナナらしくて。
アルバート様の言葉や態度、気持ちを、きっとそのまま全部しっかりと受け止めているからこそで。
それに。その横顔がね。
私は溜息とともに言葉を紡ぎ出す。
「うん、ナナが幸せなら、それでいい」
言いながら、私が前のめりだった体を深くソファに沈めると、皆もソファに座り直した。
皆、私と同じようなことを思ったのだと思う。
其々に、どこか満足気だ。
「違いますわ、メグ」
ナナだけが、姿勢を正して、決意を込めた声で言った。
「私、これから幸せに『なる』のですわ」
その声は、『もう幸せを他人に委ねない、自分の道は自分で歩く』という決意に満ちていて。
たまらず、私は立ち上がってナナの所に行き、その肩を抱き締めた。
「うん、幸せを『掴んで』、ナナ」
カティが、ベルが、アリーが。
次々と、ナナをハグする。
皆の眸には、親友の幸せを願う、星のように綺麗な涙が光っていた———