むふむふ

 神社の境内を歩く無風の毛は、ほんのり酒臭い。
 あのあと口付けの代わりに何をされたかと言えば、タライにひたひたに張った蛇焼酎の中でたっぷり洗われた。そして、一ミリも効果は無かった。
 今日は今日で長いお祓いをしてもらったが、無風は獣のままだった。

「無風君、やはり何も変化は無いか?」
「むふ」無風は体をぷるぷる振った。
「そうか……」

 一際強い風が吹いて、境内の木を揺らす。潔も無風も一瞬、目を閉じた。
 目を開けると、そこには。

「──よっ、潔」

 どこから現れたのか。
 いつの間にか、Tシャツの下にだるだるのジャージを履いた銀髪の男がいかにも軽薄そうな笑みを浮かべて立っている。
 潔の知り合いにこんな男がいたとは。
 このどう考えても女性を幸せにしなさそうな男は一瞬で無風の警戒対象に躍り出た。だが警戒したところでどうだ。己は今、無力な毛玉なのである。
 男はニヤつきながら潔に近づいてきた。
 ところが、潔が発したのは意外な言葉だった。

「なんだ、師匠か」
「……むふ?」