「……植村くん。私たち、……今も付き合ってるの?」

 小さい声で聞いてみた。
 触れた植村くんの手のひらとの間に、湿度が高まっていくのを感じた。

「……さぁ。お前の好きな方で、いいよ」
「え……。……じゃあ植村くん、別に私のこと好きなわけじゃ、ないの」
「好き、っていうか……。なんていうか……えっと。……廣永モモが」
「……え⁉︎」

 急に大きい声が出てしまい、植村くんがはっと口を押さえる。また植村くんの口からあの女優さんの名前が出てきて、何も言えなくなってしまった。
 そういえば……。
 私が植村くんとはじめて会った中学の時、私は廣永モモ風のボブだった。
 駅でコーラをかけられた時はロングだったけど、そのあと結局ボブにされて。
 記憶が一度消えたあと、駅のホームで生徒手帳を返された時はボブだったからか、妙にやさしかった。
 ……うそでしょ?

「……植村くん。もしかして、私が少し廣永モモっぽいなって思ってて、それで声かけたの……?」

 そう言うと、いきなり慌てたように早口になった。

「……いや! そんなわけねーじゃん! そりゃ、廣永モモはかわいいけど! お前と廣永モモは別人じゃん!」
「あの……見た目、だけでも、うれしいはうれしいけど……」
「違うって! そーじゃない」

 もごもごしながら植村くんはそっぽを向くと、視線を上下にうろつかせる。

「いや、最初は……そーいうのもあったかもだけど。ちゃんと、お前のことが好きになったから。おいしい炒飯作れるとことか。俺を怖がんないでなんでも正直に言ってくれるとことか。ずっと話聞いてくれる、やさしいとことか……」

 そこまで言ったところで、はたと植村くんの言葉が止まる。
 ゆっくりとこちらを向いた植村くんの顔は真っ赤で、私はその顔を見上げながら、胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 ……なんだ。
 同情じゃ、なかった。
 正義感、でもなかった。
 植村くんは、ただ漠然と、出会った頃から私のことが、気になって。
 がむしゃらに、私につきまとって。
 ……それで本当に、好きになってくれたんだ。

「……私、植村くんと、付き合いたいです」

 気づくと、言葉にしていた。
 私も、好き。
 ぶっきらぼうだけど、いつも私を励ます言葉をくれるところ。
 自分勝手なように見えて、私よりも真剣に、私のことを考えていてくれるところ。
 私を待たせないように、いつも待ち合わせより早く来てくれるところ。
 全部。全部、好き。
 でもそれを言葉にする前に、植村くんがゆっくりとこちらを向いて、釣り上がった目を少しだけ細めた。

「……栞莉が、それで、いいなら」

 つないだ右手が、強く結ばれる。
 それだけのことで、幸福感に満たされた。
 ありがとう。
 私を見つけてくれて。
 私のそばにいてくれて。
 ずっと一人だと思っていた。でも、ずっと前から植村くんは私に寄り添ってくれてたんだね。
 もう、逃げないから。
 幸せになることから逃げないから。
 だから、これからも私を見守っていて。
 私の幸せは、きっとここにある。
 植村くんのそばじゃないと、見つけられないものだから……。
 伝えたい、植村くんの好きなところがたくさん溢れてくる。でも今はもう、こうして手をつないでいるだけで精いっぱいだから。



 ——その言葉は、また次の機会に。