「……俺。今日、話したいことがあって」
物思いに耽っていると、植村くんが話し出した。
今日の本題だ。急に切り出されて、どうしたらいいのかわからなくなる。
最後にこの池にやってきた夜、自分の呪いが解けるのと同時に、植村くんの呪いも解けた。
今日はその話が持ち出されることはわかっていた。
でも、あの日から何日も経って冷静になっても、自分の身に何が起きていたのか把握できず、未だに混乱している。
「悪い……」
どぎまぎしていると、急に植村くんが謝り出した。
横を見ると、植村くんは両膝に肘を乗せて、大きな背中を屈ませていた。
「……ごめん。すみませんでした。申し訳、ない……」
植村くんの脳内にある、あらゆる謝罪の言葉を並べられる。
でも、意味がわからない。いきなり謝られても。
何に対して謝ってるの?
「……何が?」
「だから……。……お前、全部、思い出したんだろ?」
頷いた。
植村くんは大きくため息をつくと、今までに聞いたことのないような弱々しい声で呟いた。
「お前のいじめが始まったの、全部俺のせいなんだ……」
その言葉にほんの少しの動揺を抱きながら、私は取り戻したあの〝半年間〟の記憶を思い返していた。
中学一年生の頃。
いじめが始まる少し前のことだ。
なかなか中学に馴染めなかった私は、お昼ご飯を一人で食べていた。
自分で作ったお弁当を持って、誰もいない学校の裏へと向かった。グラウンドがある表側とは違って、学校の裏は青春という言葉とはかけ離れた、じめじめとした湿気とトイレの水が染み出したようなひどい臭いが充満していた。
そんなある日、植村くんが現れたのだ。
明らかに今、何かが起きたような様相だった。
目の下には、アザ。手の甲には、赤黒い汚れ。
植村くんは少し疲れた表情をしながら、汚れたブレザーを片手に、苔むした道を歩いていた。
そして、ふと私と目が合う。
こんな場所に誰もいないと思っていたのか、校舎の壁に寄りかかって座っている私を見て、少しだけ驚いた表情を見せた。
そしておもむろに私の方へと近づくと、真横にどすんと座り、空中に言葉を投げ捨てた。
〝……はぁ。腹減ったわ。それ、俺にもちょーだい〟
植村陸という悪い生徒がいる、という話はすでにクラスの中で広まっていた。
でも、噂に疎い私はあまり彼のことを知らなかったし、実際その彼に話しかけられても、なぜか怖さも感じなかった。
体はボロボロのくせに自分の傷には無頓着で、じっと私のお弁当を見つめている目。
そこに、むしろ興味が湧いてしまったくらいだ。
だからいたって普通に対応してしまった。
〝……どうぞ。ただの炒飯ですけど……。きゅうり入ってますが、嫌いじゃなければ〟
それが始まりだった。
なんで忘れていたんだろう。
たった、半年。
半年の間だけだったけど、たしかに私と植村くんと一緒にいた。
いや、一緒にいただけじゃくて。
——付き合って、いたのかもしれない。
〝お前、俺のこと怖がらねーのな……。変なやつ〟
〝食べ物をおいしそうに食べる人は、嫌いじゃないです。でも……不良の方はあまり好きじゃないですし、そばにいて悪目立ちはしたくないですけど……〟
〝あ、そ。……じゃ、善処するわ〟
〝……え?〟
植村くんはなぜか昼休みのたびに私のそばをうろうろするようになって、そのうち学校の帰りもついてくるようになった。私は本当は女の子の友達が欲しかったのだけれど、植村くんの飄々としつつもついてくる態度に、大型犬でも飼い始めたような気がしてうれしかった。
ただ、はじめて手をつながれた時に、この人は私をただの同級生という目で見ていたわけじゃないと知って、焦ったのだけれど……。
思い出しただけで、体が熱くなる。
考えられない。植村くんと私がそういう仲だったなんて。
でもその記憶は昨日まで、根こそぎ私の中から消えていた。
それは……やっぱり。
植村くんの〝願い〟のせい、だろうか。
「ごめん……本当に」
私の頭の中は〝植村くん付き合っていたかもしれない〟という事実に困惑してばかりなのに、植村くんは別のことで頭がいっぱいになっている。
私も頭の整理ができていないけれど、とりあえず、植村くんの落ち込み加減を見ていられなくて話しかけた。
「あの……私のいじめと、植村くんとは、関係ないよ」
多田さんのいじめが始まったのは、たぶん私が一番ターゲットにしやすかったからだ。
私はいつも一人だったから。
静かで、いつもおどおどしていて、いかにも反抗なんてしそうになかったから。
多田さんがいなかったとしても、他の誰かにいじめられていたかもしれないとすら思う。
でも、植村くんは下を向いたまま首を振る。
「……違う。ごめん。忘れてたんだ。俺、多田ってやつに、中学の頃告られたことがある」
「え?」
驚いて、思考が止まった。
多田さんが?
植村くんに?
まさか。
物思いに耽っていると、植村くんが話し出した。
今日の本題だ。急に切り出されて、どうしたらいいのかわからなくなる。
最後にこの池にやってきた夜、自分の呪いが解けるのと同時に、植村くんの呪いも解けた。
今日はその話が持ち出されることはわかっていた。
でも、あの日から何日も経って冷静になっても、自分の身に何が起きていたのか把握できず、未だに混乱している。
「悪い……」
どぎまぎしていると、急に植村くんが謝り出した。
横を見ると、植村くんは両膝に肘を乗せて、大きな背中を屈ませていた。
「……ごめん。すみませんでした。申し訳、ない……」
植村くんの脳内にある、あらゆる謝罪の言葉を並べられる。
でも、意味がわからない。いきなり謝られても。
何に対して謝ってるの?
「……何が?」
「だから……。……お前、全部、思い出したんだろ?」
頷いた。
植村くんは大きくため息をつくと、今までに聞いたことのないような弱々しい声で呟いた。
「お前のいじめが始まったの、全部俺のせいなんだ……」
その言葉にほんの少しの動揺を抱きながら、私は取り戻したあの〝半年間〟の記憶を思い返していた。
中学一年生の頃。
いじめが始まる少し前のことだ。
なかなか中学に馴染めなかった私は、お昼ご飯を一人で食べていた。
自分で作ったお弁当を持って、誰もいない学校の裏へと向かった。グラウンドがある表側とは違って、学校の裏は青春という言葉とはかけ離れた、じめじめとした湿気とトイレの水が染み出したようなひどい臭いが充満していた。
そんなある日、植村くんが現れたのだ。
明らかに今、何かが起きたような様相だった。
目の下には、アザ。手の甲には、赤黒い汚れ。
植村くんは少し疲れた表情をしながら、汚れたブレザーを片手に、苔むした道を歩いていた。
そして、ふと私と目が合う。
こんな場所に誰もいないと思っていたのか、校舎の壁に寄りかかって座っている私を見て、少しだけ驚いた表情を見せた。
そしておもむろに私の方へと近づくと、真横にどすんと座り、空中に言葉を投げ捨てた。
〝……はぁ。腹減ったわ。それ、俺にもちょーだい〟
植村陸という悪い生徒がいる、という話はすでにクラスの中で広まっていた。
でも、噂に疎い私はあまり彼のことを知らなかったし、実際その彼に話しかけられても、なぜか怖さも感じなかった。
体はボロボロのくせに自分の傷には無頓着で、じっと私のお弁当を見つめている目。
そこに、むしろ興味が湧いてしまったくらいだ。
だからいたって普通に対応してしまった。
〝……どうぞ。ただの炒飯ですけど……。きゅうり入ってますが、嫌いじゃなければ〟
それが始まりだった。
なんで忘れていたんだろう。
たった、半年。
半年の間だけだったけど、たしかに私と植村くんと一緒にいた。
いや、一緒にいただけじゃくて。
——付き合って、いたのかもしれない。
〝お前、俺のこと怖がらねーのな……。変なやつ〟
〝食べ物をおいしそうに食べる人は、嫌いじゃないです。でも……不良の方はあまり好きじゃないですし、そばにいて悪目立ちはしたくないですけど……〟
〝あ、そ。……じゃ、善処するわ〟
〝……え?〟
植村くんはなぜか昼休みのたびに私のそばをうろうろするようになって、そのうち学校の帰りもついてくるようになった。私は本当は女の子の友達が欲しかったのだけれど、植村くんの飄々としつつもついてくる態度に、大型犬でも飼い始めたような気がしてうれしかった。
ただ、はじめて手をつながれた時に、この人は私をただの同級生という目で見ていたわけじゃないと知って、焦ったのだけれど……。
思い出しただけで、体が熱くなる。
考えられない。植村くんと私がそういう仲だったなんて。
でもその記憶は昨日まで、根こそぎ私の中から消えていた。
それは……やっぱり。
植村くんの〝願い〟のせい、だろうか。
「ごめん……本当に」
私の頭の中は〝植村くん付き合っていたかもしれない〟という事実に困惑してばかりなのに、植村くんは別のことで頭がいっぱいになっている。
私も頭の整理ができていないけれど、とりあえず、植村くんの落ち込み加減を見ていられなくて話しかけた。
「あの……私のいじめと、植村くんとは、関係ないよ」
多田さんのいじめが始まったのは、たぶん私が一番ターゲットにしやすかったからだ。
私はいつも一人だったから。
静かで、いつもおどおどしていて、いかにも反抗なんてしそうになかったから。
多田さんがいなかったとしても、他の誰かにいじめられていたかもしれないとすら思う。
でも、植村くんは下を向いたまま首を振る。
「……違う。ごめん。忘れてたんだ。俺、多田ってやつに、中学の頃告られたことがある」
「え?」
驚いて、思考が止まった。
多田さんが?
植村くんに?
まさか。

