「お仕事は……どうにかなりそう?」
「うん。みんなやさしいのよ。人員カツカツなのに、元気になるまで帰ってきちゃだめよ!って。働き方も少し見直しましょうって」
「そっか……。よかった」

 仕事は大変だけれど、仲間には恵まれている。
 前からそういう話はよく聞いていたけれど、心配は、心配だ。

「……お母さん。私、やっぱり……」

 バイトするよ、と言おうとして、言葉を止めた。
 今の私に、バイトなんてできるのだろうか。
 バイトを始めれば、お母さんの助けになることは間違いない。休日に副業なんてしなくてよくなるだろうし、今の仕事だって多忙で倒れるくらいなら思い切って転職する選択肢だってあるかもしれない。
 でも、ネックなのは私の呪いだ。
 学校はなんとかやっていけてるけど、バイトは仕事をして賃金をもらう、責任のあるもの。
 もし私が口頭で引き継いだ仕事を忘れられて、トラブルにでもなったら。
 お客さんを相手にする仕事を選んだとして、伝えた話を忘れられて問題になったら。

「なに?」

 お母さんが黙り込んだ私を見つめる。でも言葉が出てこず、ただ無言で見返すことしかできない。
 本当に、植村くんの言う通りだ。
 私の呪いが、人生の幅を狭める。
 もっと、考えてからじゃないと決められない。今の私にどんな仕事ならできるのか、向いているのか。
 でも、お母さんが倒れた今、そんな悠長なことを言ってられるの?

「……私、もっと……お母さんを、助けられるようになりたい」

 口にしたら、涙が溢れた。
 慌てて目元をこする。
 最近、涙腺がおかしい。自分のだめさ加減にうんざりして、すぐ涙が出てしまう。
 泣いたら相手に気を遣わせてしまうのに。
 気を遣うべきは私の方なのに。
 お母さんは立ち上がり、私の横に来るとぎゅっと頭を抱きしめた。

「どうしたのー、お母さんは充分なくらい栞莉に助けてもらってるわよ。栞莉こそ、もっと私に頼んなさい。いつも一人でがんばっちゃうんだから」

 入院してる人に頼れなんて言われたくない。
 そんなふうに言わせてしまう、自分の弱さが嫌い。
 私は今まで、お母さんに言われて料理を担当してきた。けれど、その役割を命じられて、心のどこかでほっとしていたように思う。
 バイトなんか始めたら、仕事先でもまた嫌な思いをするかもしれないから。家で一人でいた方が楽だから。
 でも、もう私のせいで誰かに負担はかけたくない。
 お母さんも、……植村くんも。誰にも傷ついてほしくなんかない。
 だから……もっと、私が強くならないといけないのに。