一週間、という言葉がずんと胸にのしかかる。
 どうして、植村くんが。
 植村くんは何も悪くないのに。
 私が、逃げたせいで……。
 謹慎なんて受けたことはないけれど、自分が罰を受ける以上の悲しみが込み上げてくる。
 謹慎なんて、受けるなら私が変わりたい。
 全部、私のせいなのに。

「……俺さ。中学の頃もケンカして停学になったんだ。あん時反省したのに、同じこと繰り返してバカだよなぁ」

 植村くんに笑顔が戻った。
 それは空元気なんかじゃなくて、ただただ自虐を交えながらも楽しそうに自分の過去を語っているだけだから、余計につらくなる。

「そん時はなんでかわかんないけどイライラしててさ。バリバリに手出しちゃって、謹慎なんかにはおさまんなかったよ。そんでさ、いい加減にしろってことで俺、近くに住むじーちゃんの家に引き取られたんだ。親父も小うるさい人だけど仕事が忙しくて、俺にかまう時間もなくて。そんで厳しいじーちゃんが性根を叩き直すなんて言い出して、転校させられた。だからお前は俺のこと知らなかったんだと思うよ。半分以上他の中学で過ごしてたんだから。俺はそーいうヤツなの」

 恥ずかしいから言いたくなかったんだけどな、と言って今度は苦笑いを浮かべる。
 その表情が今度は幼い子どもみたいで、やっぱり私は植村くんという人がよくわからなかった。
 不良のくせに、喧嘩して転校したことが恥ずかしいなんて……。
 だから、同じ中学に通ってたこと言わなかったんだ。
 今は、まじめになったから。
 パッと見は、ガラは悪いけど。
 顔にケガなんかこさえてきたら、不当に罰を受けさせられるくらい悪く見えるけど。
 でも、コーラをかけられた私の元に飛んできてくれた。
 秘密を話したら、呪いを解くなんて言って、余計なお節介まで焼いてくれた。
 本当は、やさしい人。
 バカみたいに、やさしい人。
 だから……。
 私のせいでこんなことになってしまったのが、つらくてたまらない。

「ごめんなさい……」

 呟くと、拍子に涙がこぼれてしまった。
 一番悔しいのは植村くんなのに、泣いてしまう自分に腹が立つ。
 乱暴に袖で頬を擦るものの、厚手のブレザーは空気を読まず涙を吸い取ってくれない。
 顔を上げた植村くんが、ぎょっとしたように眉根を寄せた。

「……うわ。泣くなよ」
「泣いて、ない……」
「そーいうのは嫌なんだよ。バカ」

 植村くんが立ち上がり、鞄の中からしわくちゃのハンカチを取り出した。
 それを、私の顔に押し付ける。全然頬に当たらないから自分で受け取ると、意外にも毎日ちゃんと洗濯されている、柔軟剤の花のような匂いがした。
 めちゃくちゃになった思考が、頭を駆け巡っている。
 植村くん、ちゃんとハンカチ持ち歩いてるんだ、とか。
 私に会うために、謹慎中なのにずっと制服着て毎朝ホームに来てたんだ、とか。
 謹慎になったこと、全部隠して、私を不安にさせないようにしてくれてたんだ、とか。

「俺さ、じーちゃんに話したら逆に褒められたよ。殴られても我慢して、トモダチのために言いたいこと言ってやったんだなぁってな。だから俺は気にしてない。謹慎っつったって停学とか退学とかと比べたらだいぶマシなんだし。だからさ、お前は泣くなよ」

 そう言われても涙は止まらなくて、植村くんの慰めの言葉も耳に入らない。ハンカチで顔を覆ったまま、首を振った。

 ……だめだ。
 今、決断しなきゃ。
 この場で。

「もう、やめる……」

 いつもゆらゆらと揺れ動いていた、私の中のシーソー。
 でも、今。
 その傾きがまた変わってしまう前に、声に出さなければいけない。

「植村くんと、会うのはやめる……。本当に、やめる。もう迷惑かけたくない。私に関わってもろくなことないから……」
「だめだ」

 当然のように、否定の言葉が返ってきた。
 顔に当てたハンカチを、ゆっくりと下ろした。

「俺たち、今まで何のためにがんばってきたんだよ。まだなにも解決してないだろ。呪いもいじめも」

 やさしい言葉。
 いつもそうやって、流されてきた。
 説得されて、強引に引っ張られてきた。
 でも……もうだめなんだ。

「一人で、なんとかするから」
「できんのかよ。お前、このままだと将来どうなるのかわかってんのか」
「わかってる。植村くんが教えてくれた」

 ハンカチを返そうと右手に握らせたけれど、押し返された。
 まるで、私の気持ちは受け取らないというかのように。
 でも、私は両手で彼の右手を強く握り、その中にハンカチを押し込んだ。

「もう、植村くんを巻き込みたくない。一人でもやってみるから。もう心配しないで」

 植村くんの返事はない。
 ただ強く、首を振っている。

「もう決めたの。ごめんなさい。今までありがとう。本当に、感謝してる」

 走り出そうとして、植村くんに腕を掴まれた。
 強い力。大きな手のひら。とても振り抜けそうにない、男の人の力。
 でも……。
 その指先から、ゆるゆると力が抜けていく。
 腕を引くと植村くんの手は簡単に離れた。
 再度、走り出す。

「……明日、十一時に神社だからな! 絶対来いよ!」

 植村くんの声が響いている。
 私は振り向くことなく走り続けた。