「……ほら、ね」

 足元に落ちたプリントの切れ端を見て、独り言をこぼしてしまった。
 下駄箱を開けたら落ちてきた、細かい紙くず。
 昨日返ってきた、漢文の小テストだ。せっかく90点台が取れたのに、無惨にもそれらは儚い紙吹雪になっていた。いつ机から盗み取られたのだろう、気づかなかった。
 学校に到着して、一分後にはもう気持ちはどん底に突き落とされている。
 これしきのことで、いちいち傷ついてしまう。
 やっぱり弱くなったな……私。
 予鈴も近いこの時間は人通りが多くて、見知らぬ生徒がちらちらと見てくる。恥ずかしくて、ほうきとちり取りを持ってくる時間も惜しんで手掴みで紙くずを鞄に詰めた。私のテストだとわかるように名前が書かれているところは切られていないのだけど、その他の部分は嫌になるくらい小さく切られているのだから根性が悪い。
 私の惨状に気づいてもいない女の子たちが、明日約束しているカフェ巡りについて楽しそうに話しながら通り過ぎていく。
 惨め……。
 その時、視界の隅に誰かの足首が見えた。
 細くて白い足。産毛のひとつも見当たらない、きれいな肌。
 顔を上げると、同時に彼女は私に背を向けて紙くずを拾い出す。
 思わず作業の手を止めて、呟いた。

「……佐倉さん」

 同じクラスの佐倉さんだった。
 彼女は私が名前を呼んでも目もくれず、ただ淡々と紙くずを拾い続けていた。
 なんと言おうかと迷ったけれど、結局わからなくて私も作業に戻る。それでも時々視界に入る、伏せられた長いまつ毛を見ては彼女の気持ちを想像せずにはいられなかった。
 佐倉さんはクラスで一番大人しいグループに所属している生徒の一人だ。
 リムレスのメガネに、いつもサイドにひとつ結びにしている髪の毛。漫画に出てくる地味な女子生徒の代表みたいな姿をしているけれど、化粧っ気がないのにはっきりとした目鼻立ちをしているところを見る限り、かなりの美人さんであることがわかる。
 性格は静かだけれど、同系統の友達は多い。少なくともどこのグループにも所属できていない私よりはずっと高校生らしい高校生活を送っている人。
 そんな彼女は、なぜか時折私を助けることがあった。
 私が多田さんに嫌がらせを受けている現場を目撃すると、後ろからそっと無言で近寄り、できることがあれば手伝って去っていく。一週間が経って私に関する記憶が消えても同じことをするから、彼女の中には私と交流がなくても助けたいという意識があるのだろう。
 でも、それがいつも不思議だった。
 佐倉さんはどうして私と関わろうとするのだろう。
 彼女は植村くんみたいにおかしいと思うことをはっきり行動で示すタイプではないし、正義感の強い学級委員長タイプでもない。どちらかというと、多田さんを怖がっていじめの現場なんて無視しそうなタイプだ。
 その証拠に、彼女が私を助けようとする時は決まって多田さんがいなくなった時だけ。
 ほとんど話さないし、私を擁護するようなことを口にするわけでもない。なのに、どうして。

「……いいよ。こんなところ見られたら、佐倉さんも狙われるかもしれないから……」

 つい口にすると、佐倉さんの手がぴたりと止まった。