「羽菜ちゃん落ちるから危ない」

苛立ちを羽菜ちゃんに当たってしまう
自分の幼さに唇を噛み締める。

マンションのエントランスを抜けて
エレベーターに乗り込むも
僕の気持ちは沈んだままだ。

無言の僕に羽菜ちゃんが「櫻ちゃん、怒ってる...?」と背中からおずおずと投げ掛けてくる。

「怒ってないよ」

僕は大人気なくぶっきらぼうに答える。

酔いのせいで短絡的な思考の羽菜ちゃんは「なら良かった♪」と言って僕の言葉をそのまま受け取る。

なんで僕ばかりこんなに好きなのだろう...

自分はこんなにも好きなのに
一向に返してくれない羽菜ちゃん。
その上、強力なライバルの出現で
どんどんマイナスな方向へと気持ちが傾く。

しかし、僕が部屋の前に着いたとき
「櫻ちゃん、今日は何であんなにメール遅かったの...?」
ボソッと呟いた羽菜ちゃんが
僕の首もとに回している腕に
ギュッと力をこめた。

メール...?

あーそうか...今日は叔父のせいで
帰る時間までメール打てなかったっけ...

「えっ?あ...ごめん。
仕事が立て込んでて打てなかったんだ」

僕のメールなんて羽菜ちゃんは
気にも止めてないだろうと思ってた。

「そっか...私はてっきり櫻ちゃんに
何かあったんじゃないかと思って心配したんだからね...」

羽菜ちゃんの言葉に僕の心臓がキュッと悲鳴を上げる。

「ごめんね...」

「うん...櫻ちゃんが元気ならいいよ...」

そう呟いて羽菜ちゃんはスースーと
夢の中へ落ちていった。

ずるいよな、羽菜ちゃん...

鍵を開けて羽菜ちゃんの部屋に入ると
彼女をベッドにそっとおろした。

気持ちよさそうに眠る羽菜ちゃんの唇に、
まるで引き寄せられるように優しく口づけをする。

ぼくの気持ちを振り回す罰だよ...

羽菜ちゃんの一言でぼくは天にも昇れば
地獄にだって一瞬で落ちてしまう。


羽菜ちゃんがぼくといないときに
ぼくのことを考えてくれていたということ
だけで、嬉しくて心が踊るのだ。