年下御曹司の箱入り家政婦

彼は「はいはい...もうちょっと我慢してね」
とまるで自分の子どもに言い聞かせるように優しく語りかける。

そして、こちらを振り向くと
「あとは俺がちゃんと部屋まで送るので
羽菜ちゃんの職場の方は帰って頂いて
大丈夫ですよ。
それでは失礼します。」
そう言って軽く会釈する彼は笑顔を張り付けているが、かなり牽制されているなと言葉の端々から伝わってくる。

羽菜が自分から彼におんぶされにいった以上、俺は何もできない。
俺はまだ仕事場の上司でそれ以上でも以下でもないからだ。
黙って彼らの後ろ姿をただ指を咥えて見ている他ない。

先ほどまで楽しい時間がまるで夢だったかのように現実に戻される。

でも、このまま夢島を彼に渡したくない。

「夢島!!」

俺は思わず叫んでいた。

俺の声に夢島を背負って歩いていた彼の
足がゆっくりと止まって
体ごと振り返る。

そして、鬱陶しいと言わんばかりの瞳を
こちらに向けた。


俺は気にせず「夢島!明日からパンケーキの焼き方教えるから遅れるなよ!」
夢島にだけに向けて声をあげた。

俺の言葉にまだ虚ろな瞳の夢島が
ぱあっと顔を輝かせる。

「本当ですかぁー!!」

そして、彼の背中の上で足をバタバタさせて全身で喜びを表現している。

俺はその様子に思わず顔を綻ばせた。

俺と夢島にはまだ彼のように歴史はないが、
お互い料理が好きだという点では
彼に負けてない。ガキには負けたくない。

彼は「羽菜ちゃん、落ちるから危ない」と、
顔に不機嫌を隠すことなく俺に背をむけると
再びマンションへと歩き出した。

夢島は「新さん!約束ですよー」と上機嫌で手を振っている。

ごめんな。

櫻ちゃんとやら...

君が夢島のことを大切に思っているのは
分かったが、俺も彼女を諦める気はないんだ。


俺は夢島に手を降り返すと、踵を返して
夢島と歩いて来た道を今度は一人で歩き出した。