Side羽菜

私は仕事が終わるとその足で天草家へと向かうバスに乗り込んだ。
すでに日は落ちて窓の外はネオンの光が明るく街を照らしていた。 
私はバスに揺られながら昨日の事を思い出していた。

「わたし、人と一緒に料理したの初めてです。」

そう告白しながら、蘭は水道の蛇口を上にあげて玉ねぎを洗う。

「お母さんとも?」

羽菜の問いに蘭はフルフルと顔を横に振った。

「母も父も仕事で全国飛び回ってるので
料理を教えてくれたことなんていちどもありません。
小さな頃からいつも食事は家政婦さんが
用意したものを一人で食べてましたし。」

「そう. . .じゃあ、料理はその家政婦さんに?」

「いえ、家政婦さんは優しい方だったけど
私、甘えるの下手だから教えてなんて言えませんでした。だから、一人で料理の本を見ながら暇つぶしに作ってたくらいです。
一緒に作るような友達なんて一人もいなかったし。自分でも分かってるんです。こんな性格だから友達が出来ないのは。でも、素直になることが恥ずかしくてどうしても出来なかった...友達になりたいとかありがとうとかごめんなさいの大切な言葉がどうしても言えなくて。」

「でも、私の前では素直になれたわ。」

私が笑いかけると蘭は照れくさそうに
こくんと一つ頷くと玉ねぎに目を落として
包丁で切り始めた。

「素直になるって簡単なようでかなり勇気がいるものよね。私もありがとうやごめんなさいは言えるのにどうしても言えない言葉があるの。」

櫻ちゃんに“好きだ”って言うたった3文字の言葉が変なプライドが邪魔をしてどうしても言えない。

「でも思いやりの心さえ忘れなければ、蘭ちゃんもきっと変われると思うわ。
ありがとうもごめんなさいも相手を思いやる気持ちから出る言葉だから。」

私も人のことは言えない。ちゃんと櫻ちゃんに素直に好きだって伝えないと。櫻ちゃんはその言葉をずっと待っていてくれてる。