年下御曹司の箱入り家政婦

「家を出るなんて絶対、駄目だよ!!
僕は反対だから!!」

櫻介はそう言いながら
料理が並んだテーブルをバンッと思い切り
叩いて立ち上がると
唇を噛み締め苦肉に顔を歪ませた。

いつもの和やかな夕食は私のたった一つの発言でピリピリとした雰囲気へと一変したのだ。

「櫻ちゃん、でもね。
住むところは都内だし、いつでも会える距離だから!」

私は櫻ちゃんのあまりの剣幕に圧倒されながらも、なんとか説得を試みる。
しかし、櫻ちゃんは絶対に説得に応じないと言わんばかりにフィッとそっぽを向く。

私は困ったようにはぁっと一つ息をはいた。

見かねたおじ様が「櫻介、座って羽菜ちゃんの話をちゃんと聞きなさい」と一喝すると櫻ちゃんは不貞腐れた態度のまま再び腰を下ろした。
おば様は櫻介の態度にあらまあというように肩をすくませる。

反対はされるかなとは思っていたが、櫻ちゃんがここまで怒るなんて初めてのことだ。
でも、私もこの家を出ることに抵抗がないわけではない。ずっと家族のように暮らしてきたおじ様やおば様や櫻ちゃんと別々に暮らすのはとても寂しい。
櫻ちゃんも寂しく思ってくれてるのかと思うとその気持ちは嬉しいのだけれど。
でも、このままこの家に甘えたままの居心地のよい生活では人として成長出来ないような気がしてならないのだ。

「櫻ちゃん、私ね。
この家に来た最初の頃は気を遣ってばかりで正直気詰りしてたの。
だけど、いつからかな...?
いつの間にかこの家が居心地良くて
おじ様やおば様や櫻ちゃんを本当の家族のように思うようになったわ。」

「居心地が良いならずっと居ればいいじゃん」櫻ちゃんがムスッとした顔で小さく呟いた。

私は困ったように笑みを浮かべる。

「だからこそ、今度は親元を離れて自立したいの。
きっと寂しくてホームシックになるかもしれないけど、もしこのまま何も挑戦せず居心地の良い生活に甘えていたら、後悔すると思う。このチャンスに自分の力で歩いてみたいの。」

櫻ちゃんは俯いたまま、一言も発してくれない。

おば様が「パティシエは羽菜ちゃんの夢なのよ。寂しくても男なら応援してあげなさい」
と助け船を出す。

「私も羽菜ちゃんにはずっとこの家にいてほしいが、寂しいからっていつまでも家に縛っておくわけにもいかないだろ。」おじ様も優しく諭すように説得に加わった。

しかし肝心の櫻ちゃんは無言のまま、スクッと椅子から立ち上がるとこちらに目を向けることなく部屋を出て言ってしまった。

私は思わず追いかけようと立ち上がるが
横に座っていたおば様に腕をつかまれた。

そして、おば様はやめておいたほうが良いと首を横に振った。

「櫻介には少し一人で考える時間が必要だ。
来月まで時間ないし羽菜ちゃんもこれから家を探したり引っ越しの準備で忙しくなるだろう。今は自分のことだけ考えて櫻介のことは放っておきなさい。」おじ様の言葉に私は「でも...」と不安に顔を曇らせて櫻ちゃんが出て行ったドアを見つめた。

「心配かもしれないが、これは櫻介が自分で乗り越えないといけない。
あいつももう一人前の社会人だ。羽菜ちゃん離れする良い機会かもしれない」

櫻ちゃんのあの寂しそうな瞳を思い出すと追いかけたい気持ちでいっぱいになる。
しかし追いかけたところで櫻ちゃんの望む答えを出してあげることはできない。
おじ様の言うとおり、今は時間が解決してくれるのを待つしかないのかもしれない。

羽菜はおじ様の言葉に目に涙を浮かべながら黙って頷いた。