「あの子、生まれてすぐに入園したのに、いつも何処(どこ)か遠慮がちでした。他の同じ立場の子供達は、園を我が家同然・職員を親同然として接することが出来ていたのですけど、何か一線を引いているって言いますか……子供なのに子供らしくない子だなぁって……職員ではなかった私でさえ、(はた)から見ていてそう思いました。でも私が就職して大人になって、何となく到った結論なんですが……」

 そこで少し(うつむ)きがちに言葉を止めた茉柚子の(おもて)には、恥じらいを示すような不思議な微笑みがあった。

「多分……あの子、私のことを気遣っていたのだと思います。園長である母は、いつも必ず園の誰かの『母親』でしたから。私自身の母親である時間はとても短くて……まだモモが三歳位の頃、私は確かもう高校生だったのですけど、母と喧嘩になったことがあって、その時自分の中の(たが)が外れてしまって……「母さんは、私の母さんじゃない!」って叫んでしまったんです。ずっと心に溜め込んできたことを、私も母も、そして後ろで聞いていた幼いモモも気付いてしまった……それからなのだと思います。モモが自分の気持ちよりも、他人の希望を優先するように育っていったのは。後になってようやく気付きました。だから私、モモに悪いことしちゃったなって、今でも思ってるんですよ……」