「いや? 別に……?」

 暮は昨夜の一通りを思い出したが、これといって覚えはなく、代わりに茉柚子の花のある微笑みが脳裏に浮かび赤面した。

「モ、モモ、あの、あのさ~早野 茉柚子さんて歳幾つだ?」

「え? えーと……三十二歳、だったかと」

 ──うわっ、俺とちょうど釣り合う年齢じゃね!?

 暮、再び心の中でのガッツポーズ。ちなみにこの時、暮、三十六歳。

「苗字が早野ってことは独身なのかな~? なんて……」

「はい……そうですけど、それが何か?」

 ──モモ、鈍感過ぎないか?

 暮は内心そう思いながらも、三度目のガッツポーズをした。

「それでさ、モモ……彼氏がいるとか恋人募集中だとか──」

「暮? モモ! そんな所で何やってんだ~練習するぞっ」

 核心に触れようとした矢先、凪徒の大声が暮の恐る恐るな小声を打ち消した。

 モモは咄嗟(とっさ)に振り向いて、凪徒に「はーい!」と叫び返す。

「あ、すみません、暮さん。えっと……何でしたっけ?」

「い、いや、だいじょぶだいじょぶ~」

 今にも駆け出したそうなモモの顔に苦笑いを返し、「茉柚子さんにはお礼を言っておきますね!」と言いながら走り去るモモの背中に、しばらく切なく手を振っていた──。