「貴女に直接話が行かないで、こちらに声が掛けられた事自体、もう卑怯な申し出であるのは分かっているの……でも、向こうはチャンスをくれた気でいるのよ……貴女の今後と、私達施設の今後──貴女が承諾してくれたら、此処の移設費用を全て請け負ってくれると言っているの。正直……立ち退()く費用なんてないのよ……経営はギリギリ綱渡り……ね、モモ、どう? 常設なら今までのような移動の負担もないし、子供達にも時々会えるわ。今いる昔ながらのサーカスより、ずっと華やかな世界よ。これは貴女にとっても悪い話ではないと思うの。ね?」

「……」

 茉柚子は後半モモの気を惹こうと、常設公演のメリットや人気の劇団であることを引き合いに出した。

 が、モモにはもはや茉柚子が何を言っているのか分からなかった。

 自分が珠園サーカスを辞めることになるなんて……夏の凪徒の失踪事件以来、全く考えたことなどなかったのだ。

 ──どうしてこんなあたしを欲しいだなんて……?

 世界的に話題沸騰の劇団なのだ。

 団員を募れば、有名な体操選手やパフォーマーが呼ばなくとも集まる筈。

 それでも自分を欲しいと言うのならば、(じか)にスカウトに来た方がよっぽど負担がない。

 もちろんモモの気持ちの中には、一パーセントすら引き抜きに応じる意思などないのだが。

「あ、あの……少し、考えさせてください……」

 モモはその言葉と共に立ち上がり、一礼をして上着を手に取った。

 気が付かない内に、まるで逃げるかの如く、施設を後にする自分がいた──。



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