モモはこの見える景色も、自分を囲う感覚も──全てが夢であれば良いと思っていた。

「ずっと離れてたんだ。モモが答えなんて出せないの、分かるって。でもきっと、触れれば思い出すよ……僕がどんなにモモを好きだったかを……触れて、一気に取り戻したい」

「……? ……!?」

 ──やだ……放してっ……洸ちゃん!

 モモはそう言ったつもりなのに、それは音声になっていなかった。

 モモの(あらが)おうとする力は全部洸騎に吸い取られ、震えすら出てこなかった。

 声どころか唇が動かない。

 何もかも時が止まったように、けれど自分を抱えた洸騎だけは自由だった。

 ──誰か……助けて……お願い……先輩──

「モモ~いるか? 団長が何か用だって……え……?」

 あわや二人の唇が重なる寸前、タイミング良く入ってきたのは暮だった。

「……ご、ごめん! ……あたし、行かなくちゃっ」

 その途端に硬直が解けたモモは、洸騎の顔を見ることなく出口に突っ走った。

 暮の横をすり抜けて、一気に表に飛び出した。

「君は……?」

 目の前の光景にあっけに取られた暮は、しかし次の瞬間には冷静に、少年と青年の狭間(はざま)といった雰囲気の洸騎に尋ねる。

「さぁね。別に怪しい者じゃない。ちゃんとモモの知り合いではありますよ」

 椅子に掛けていた上着を手に取り、洸騎は冷やかな視線を投げる暮に、すれ違いざま小さく会釈をした。

 その口元は何処(どこ)となく不敵な笑みを浮かべ、無言で振り向き見送る暮には、嫌な不安だけが残されていた──。



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