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こんにちは、私は冷夢と言います!
元気と言うことしか取り柄のない、雪女です。
雪女一族は名もあってか女ばっかりでして。
ええ、ですから色恋など無縁の筈でした、勿論です、女性しか居ませんから。同性愛者はいたようですが…
しかし、私は遊郭に売り飛ばされてしまいました…色恋沙汰が常の街に放り込まれたと言う事です。
まぁ、一族がそうするのも無理は御座いません。
私は一族の恥晒しです。雪女として使えて当然の術が何一つ使えませんから。冷たい息を吹きかけて凍らせるぐらいがせいぜいでして。
故に売られました。結構な金額だったそうです、雪女の遊女など珍しいと。
旦那様…百目鬼様には感謝しております、良くして下さっていますから。
まぁその分私は必死に働くことにしました、いつか一族が私を戻しても良いと判断してくれることを夢見て。
それでも…何故か上に行けないのです、何故か。
ええ、原因は分かっております、私の上に常にいる遊女のせいです。
困ったことにこの遊女、特別待遇なのです。
遊女とは遊郭に住むもの。
朝昼は遊郭で寝て、夜から仕事を始めます。
故に、遊女にとって遊郭は檻です。見受けでもない限り、外に出る事など不可能です。
なのに!
私の上にいる悲哀と云う名の遊女は出入り自由なようなのです。本当です、嘘ではありません。昼間遊郭の何処を探しても居ませんでしたから。
しかもです!
この遊女、閨仕事をしていないようなのです。
不思議なものです、普通はしなければならないのにも関わらずです。
しかしそれを旦那様に言ったところ、私が怒られました、「悲哀はそう云う行為をしなくていいのだ、もうそこに突っ込むんじゃない」と。
…解せません、どうしても。
私が怒られる要素が無いと思うのです。
真逆人間のように梅毒でもあるのでは、と思いましたが、辞書を調べても私達魍魎の病気に梅毒はありませんでした。
では何なのでしょう…
雪女は好奇心旺盛です。
私の昔のお友達の中には人間に興味を持って人間界に行き、人間と結婚した方もいました。その方曰く、コセキトウホンとやらを偽造するのが大変なんだそうです。
コセキトウホンは辞書で調べて[戸籍謄本]だと知りましたが、その方が片手に持っていた薄い板…スマートフォンと言うそうですが…の正体は未だに分かりません。あれは何でしょう…ええ、何故か私の持っている辞書には載っていませんでした。
…コホン。
話がズレました、すみません。
ええと…ですから、雪女は好奇心旺盛なのです。
知らない事、気になる事は調べてみないと気が済みません。
私は悲哀を観察する事にしました。
私のいる遊郭は彼岸の東側の岸辺にある[藤春屋]と言うところです。
百目鬼の旦那様が一番偉い方で、その次が花魁、その次に座敷持ち、次が部屋持ち、その次に局女郎…と、ここまでが遊女で、残りは番新、禿といった元遊女の遣り手婆と妖怪の子供です。
ここの遊郭は不思議です。
花魁は3人いらっしゃるのに、座敷持ちが1人しかいないのです。
でも、部屋持ちは10人です。ここは他の遊郭と大差ありません。因みに私は部屋持ちです。
そして局女郎が数十人います。
…そうです、もう感付いていらっしゃるかもしれませんが、その一人しかいない座敷持ちが悲哀なのです。
何故閨営業もしていない者が座敷持ちなのでしょうか…いやそりゃ稼ぎ金額を見れば彼女は花魁並みといわれていますけど…容姿もとても美しい方ですけど…
ああ!!私の力不足よ!
私は焦りました。
でも分かっています、焦っても何にもならないとは。
私はとにかくがむしゃらに仕事をしました。
仕事をすればするだけ報われます。
この店は完全実力主義ですから。
しかし…
遊郭の難点はお客様に何をされても文句が言えないところでしょうか。
ある日、悪食の管狐様がお客様としていらっしゃいました。
管狐様は初めはとても優しく接して下さいました。私は安全なお客様だと判断し、控えていた禿に休憩をとるよう云って下がらせました。
それから管狐様は閨事を御所望になられましたので、私は上の階にある寝屋へと管狐様をお連れしました。
初めは何をされたのか分かりませんでした。
管狐様は私の手首に強く噛みつき、そこから血を飲み始めました。相手の了承を得ない吸血行為は禁止事項です。
私は焦って腕から管狐様を引き剥がしました。
それでもシュルシュル音を立てて巻き付いてこようとする管狐様に、思いっきり息を吹きかけました。雪女の息は氷点下です。吹き掛けた瞬間、管狐様の目に霜が降りました。管狐様は悲鳴をあげて地面をのたうちまわりました。
それでも追ってこようとする管狐様に恐怖心を抱き、私は部屋を飛び出しました。
どこをどう走ったか分かりません。ただ広い館内を必死に走りました。
暫く廊下を走っている運良く目の前に扉が見えました。良かった、あそこなら管狐様から隠れられる。
私は必死にその部屋へ駆け込みました。
部屋の扉を閉め、後ろを振り返り、管狐様がいない事を確認した私は、ほっとしてその場にドサリと倒れ込みました。
…ああ、もう嫌だ…
心の底からそう思いました。
あれもこれも全部悲哀のせいです。
いつもいつも無表情で接客とも呼べぬ接客をして。それでいて売り上げは花魁を凌駕する事もあった。
…もう嫌です。悲哀のせいであんなお客様に当たる羽目になった。
…嘘です。悲哀は関係有りません。
それでも悔しい。
誰に感情をぶつけたいのか、もう自分でも分かりませんでした。
私は悔しさを込めて、座敷の床を思いっきり叩きました。
…その瞬間でした。
床がミシリと音を立て、不気味なヒビを作りました。
ぎょっとした私はすぐさま飛びのこうとしましたが、ダメでした。
私は下の部屋へと思いっきり落ちました。
ドォンと云う音がして、私の身体に衝撃が走りました。
「いだだだ…」
全身を強打した私は痛みに耐えながら起き上がりました。
誰かの部屋に落ちてしまったようです。
「あ、すみません!ここ専用の休憩室でしたか、直ぐに行きま…」
言いかけた私は、部屋の主を見て固まりました。
そこには悲哀がいました。
悲哀は唖然としたように目を見開いていました。珍しい表情です。写真機が有れば写した事でしょう。
しかし…何か違和感がありました。
悲哀の髪が、短くなっていました。
それはまだ百歩譲って良いとして…しかし喉元には喉仏が出ていました。
「………」
私は悲哀の胸を見ました。
……固い胸板は、完全に男性のモノでした。
ええと…つまり…
悲哀は………
私の頭の中で、何かがカチリとはまりました。
それは、全てを理解した音であり、同時に、軽く卒倒出来る程の絶望音でもありました。

「ッッ!?」
思いっきり叫ぼうと口を開いた私は、悲哀に飛びつかれて、手で口を塞がれました。