『なぜやられてもやり返さない? 時隆の念力なら、誰にも負けることはないだろう』

 八潮は時隆の肩に手を置くと、痛々しく、その腫れている頬を見つめた。時隆は俯きながら首を横に振ると、感情の色を感じさせない声で小さく呟いた。

『争い事は好きじゃないんです。自分が傷つくことよりも……争う事の方が嫌なんです』

 前の家では、同じことを言ったら呆れられた。それでも同じ言葉を八潮に返したのは、八潮がどんな反応をするのか見てみたいという興味心からだった。

『時隆は……優しいんだな!』

 八潮は目を見開き驚くと、至極、感心したように時隆を見つめた。それから時隆の頭をその大きな手でわしゃわしゃと、犬を愛でるように掻き撫でたのだった。

 時隆は目を見開いて、呆気にとられた様子で八潮を見上げる。念力を発現したのも、通常は十二歳前後の場合が多いが、時隆は齢三つの時。そしてその力もまた異質な複写ときていたため、年長の者から可愛がられた経験がほとんどない。

『そういうわけでは……』

 それに、別に自分は優しいわけではない。争いごとに力を使うのが、ただただ面倒なだけなのだ。褒められるのは筋違いだと時隆は思った。

『でも、自分が良いと思ってることが必ずしも最善とは限らないぞ。だって俺は時隆が傷ついたら悲しい』
『……』

 自分のことを誰かが悲しんでくれたのも、この時が、時隆にとって初めてのことだった。