「!」

 椿に、事実を告げられた時。依頼人はもう彼女が自分の元に戻ってくることはないと覚悟を決めていた。

 それでも彼女の葉は冷たい雨のように、依頼人だけでなくその場に居た皆の胸を打った。

「……わかった」

 依頼人の強さに、穂波はただただ打ちのめされた。思念の中で彼女に見せた眼差しや笑顔と変わらない態度で、彼が頷いてみせたから。

 さっき自分は、時隆に椿と離れることになるかもしれないと言われた時、冷静では居られなくなった。

 本当は手元にあったはずの糸が、すり抜けるように。大切な人が離れていってしまうことは辛い。

「君と居た時間は本当に幸せだった。今までありがとう」
「……」

 椎菜は何も返事を返さず、黙って目を伏せた。

 この国の警察機関を司る鷹泉家は、絶対的な家柄であり、彼らは尊い存在だ。神格化されたと言っても過言ではない。その仕事に干渉することはできない。

 鷹泉の彼女がここで別れようと言えば、覆すことはできないのだ。

「椎菜さんは……依頼人を、太一さんを心から愛しています」
「ほ、穂波さん……!」

 それでも依頼人が言えないのだったら、自分が代弁するしかない。穂波は、声を振り絞った。

 彼女を救い出せた。けれどこれで依頼人と彼女は、真の意味で再会を果たせたと言えるのか?

「最初は仕事だったかもしれません。でも椎菜さんは依頼人を心から愛するようになっていったんじゃないでしょうか」
「私は……あくまで仕事で太一さんに嫁いだだけです」
「だったら、このかんざしを持ち歩くようなことはしません」
「……!」

 穂波が差し出したかんざしを見て、椎菜は目を見開いた。