「一つ確認したい。依頼人は奥方……椎菜さんについてどこまで理解している」
「? 椎菜についてですか?」
「単刀直入に言うと……彼女は生きて帰ってきても、この家に戻れない可能性が高い」
「なっ……どういうことですか!?」

 穂波にも、椎菜が誘拐されたことには特別な理由があるのだろうとわかっていた。床下に隠してあった男たちの狙っていた巻物。大掛かりな念力を使った誘拐。彼女は普通の女性ではなかった。

「彼女は恐らく、警察の諜報部員だ。鷹泉家の人間だろう」

 一般市民に擬態し、活動している諜報部員の存在を耳に挟んだことはあったが、それこそ都市伝説のようなものだと思っていた。本当に実在していたなんて。

「椎菜が……鷹泉家の人間……」

 まるで魂が抜かれたように、依頼人はがっくりと項垂れてしまった。

 穂波にとって別世界の話だったが、鷹泉の諜報部員のことは思っていたより有名な話なのかもしれない。その事実が何を意味するのか、依頼人はよくわかっていたのだから。

「僕との結婚は、彼女の仕事の都合上ということだったんですね。そしてもう事件が起きてしまった今、この家に帰ってくることは二度とない」