穂波は、一族の人間たちの前で椿がこんな行動に出るなんて想像もしていなかった。毎日変わらない、諦めだけの人生だと思っていた。それがこんなにも大きく動き出すなんて。

 椿が、自分のことを愛してくれている。まだ強くは実感は持てないし、愛される理由も自分自身がわかっていない。けれど、その言葉が嘘でないことは感じ取れた。

(この人のことをもっと知って、もっと好きになりたい)

 澄人のことだって、完全に振り切れたわけではない。だけど少しずつ整理して、椿や、椿が迎え入れたいという氷宮の家について知ってみたいと穂波は思った。

「!」

 穂波はゆっくりと、椿の手首を掴んでいた手を離すと、指を絡ませ、その手を握った。驚いた様子で自分を見る椿と目が合うと、穂波は強く頷いた。

「私は、当主争いの権利を放棄し、椿さんについて行きます」

 一族への離別を言い放つと、序列の書かれた時隆からの手紙を、穂波はお返ししますと床に置いたのだった。