リビングに来ればすぐに何か持ってくるアレクは入ってこない。
ソファーで冬真と朱音は少し離れて並んで座っているが、朱音は下を向いたままで冬真はそんな朱音に声をかけた。
「声を出さなくても良いです、可能なら僕の質問に答えてはもらえませんか」
冬真の声は静かで怒りを含んでいる物でも無い。
それがわかっても朱音は俯いたまま、どうしていいのかわからず黙っていた。
「さっきの彼とあの後デートの予定だったのですか?」
再度同じことを聞いてきた冬真に、朱音は首を横に振る。
「では、僕があそこまで迎えに来たのが嫌でしたか?」
朱音は俯いたまま、膝に置いた手がきゅっと握られるのを冬真は気づいた。
朱音は何も答えず、冬真は質問することも何も言うことも無く沈黙が続く。
カチカチとリビングにある置き時計の音が妙に頭に響くようで、朱音はこの沈黙が怖くて仕方なかった。
「こんな勝手な質問をするのではなく、僕が謝るのが先でしたね」
冬真はそう言って朱音の方に身体を向けると、
「朱音さんの自由を縛ってしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げた。
俯いていた朱音はその行動に驚き思わず顔を上げる。
「い、いえ、私が」
「朱音さんが謝る必要はありません。
見苦しいのですがそんなことをしてしまった理由を、聞いてはもらえないでしょうか」
いつもの優しい笑みは消え、冬真は朱音の顔を見た後、少し間を置いて口を開く。
「昔、僕の友人が帰宅途中に殺されました、この日本で」
突然の冬真からの言葉に朱音は目を見開いた。
「何年か前になりますが、殺された彼女はイギリス人の親戚で、僕がハーフということ、日本にいたこともあったので、よく日本の素晴らしさを話したりしました。
彼女は元々日本文化やアニメなどが大好きで、大学生の時、日本に短期留学をすることになったんです。
その時僕は既にイギリスで仕事をしていたので、時々連絡を取るくらいでしたが」
ただ淡々と話すのをみて、朱音は何か怖い、と感じた。
美しいグレーの瞳はただの綺麗なガラス玉の様で、そこには何も映っていない感じがする。
「彼女は、日本は楽しい、安全だ、と言っていました。
確かに日本は諸外国に比べ遙かに安全です。
でもあまり男性が優しくても信用しすぎないこと、それと遅い時間に帰ったりしないようにと伝えていました」
冬真は話しながら前を向いている。
「そんな矢先、彼女の父親から連絡が来たんです、『日本で娘が殺された』と」
びく、と朱音の身体が強ばる。
見ていた冬真の横顔が一瞬別人かと思うほど、全ての表情が消えたように見えたからだ。
「彼女は大学の友人達と食事をした帰り、何者かによって殺害されました。
事件が起きたのはおそらく夜の八時半頃。
現場が住宅街ということもあり目撃者も無く、未だに犯人はわかりません。
日本ならそんな時間はまだ安全な時間帯だと言えるでしょう。
僕も危ない遅い時間とは終電近い時間のことを言っていましたから。
だからあんな時間に彼女が事件に巻き込まれたことは、日本は安全だと信頼していた常識が崩れ去った瞬間でした」
冬真が時間が早くても一人にさせない理由がわかった。
わかったが、それだけなのだろうか、という疑問を朱音は抱いていた。
それが何の違和感なのかはわからないが。
「どうしても、彼女に早い時間でも注意すべきだと言わなかったのか、誰かと一緒なら、誰か迎えに行っていたらあんなことには、と思ってしまうんです。
だから朱音さんがこちらに来たとき、家主である以上僕が朱音さんの安全を守る立場になったのだと思いました。
何かあっては朱音さんのお父さんに申し訳が立ちません。
最初に魔術であんな怖い目に遭わせておいてと思われるでしょうが、魔術的なものならある程度防御することは出来ます。
朱音さんには既にそういった対策は取っていますが完全に防げる物ではありませんし、魔術などより人で守ることにこだわってしまったのは、またあの後悔を味わいたくないという僕自身の勝手な気持ちからで、結果的に朱音さんの自由を縛ってしまいました。
今後は一切なくします。
本当にすみませんでした」
そう言って朱音の方を向けば、朱音は目に涙を溜めていた。
さっきまで色々な事が嫌で仕方が無かったのに、いつも笑みを浮かべて優しく微笑んでいる印象しか無い冬真があんな表情で話したことを聞いてしまったせいなのか、朱音の心が酷く苦しい。
冬真はポケットから真っ白で綺麗なハンカチを出すと、そっと朱音の瞳から少しだけ流れた頬の涙を拭う。
しかし朱音は目の前の冬真に視線を合わすこと無く俯いてしまい、冬真はハンカチを持ったまま心配そうにそんな朱音に落ち着いた声で話しかける。



