横浜山手の宝石魔術師



「私は加藤理恵子と言います。

声楽家で今日の午前の部で歌を披露しました。

今日のパンフレットに吉野さんの名前があり、スタッフの方々がこぞってあなたに会うのを楽しみにしているようなので、こちらに来るのを待ち伏せして吉野さんを直に確認して、それで確信したんです、この人だと」


待ち伏せした上で確信するとか何だかおかしな話しに思えて朱音は冬真を見るが、冬真は特に笑みを浮かべることも無く話を聞いている。


「なので、吉野さんが美しいと思う宝石でネックレスを作って欲しいんです」


「・・・・・・美しいと思うかは人それぞれであって、僕が思うものはおそらく加藤さんが好む物では無いでしょう。

ご自分で宝石店に出向いて、自らの目で見ることをお勧めします」


穏やかに冬真が話すと、理恵子は不満そうな表情を隠さない。


「私はあまり宝石に詳しくないんです。

ですから吉野さんのようなプロに聞いてるんじゃないですか」


これは非常に失礼な発言だった。

プロに聞くならば無料であるべきではない。

もしもこれが宝石店でなら、販売することにつながるためそれなりに宝石について話すこともあるだろう。

だが冬真は最初から販売することは無いと言っている。

話しだけ聞くと言った冬真の善意に甘え、冬真の知識を無料で引き渡せというのは、農家が丹精込めて作った野菜をただでくれ、と言っているようなものだ。

知識や技術というものは目に見えない物だが、いまそれを簡単になしえたりするためには、膨大な費用や時間、努力が隠れている。

ただでさえ理恵子は声楽のプロであるならそこに気づく必要があったのだが、なかなか自分が頼む側だとこういう風になりがちとはいえ、それに気づく余裕が理恵子には無かった。

冬真はかなり冷静では無い理恵子を前にし、違和感がより膨らむ。


「何故そんなに美しい宝石に執着されるんですか?

何か、理由があるんですよね?」


冬真の問いに、理恵子は顔を強ばらせる。

当たりだ、何か隠しておきたい理由があるのだろう。


「・・・・・・ただ、美しい宝石が欲しいだけで」


「どなたかが持つ宝石にでも、触発されましたか?」


理恵子ははっとした。

美しい宝石のようなグレーの瞳が自分の心の中を覗いている気がして背筋がぞっとする。

相談する相手を間違えた、そんなことを思ったが既に遅い。

相手は笑みを浮かべているが、その笑みがどこにも逃げ場が無いのだとあざ笑っているようにすら感じ、唇が震えそうになる。


「・・・・・・あの女の宝石が」


しばらく理恵子は俯いて黙っていたが、俯いたままやっと聞こえた声は小さく震えている。


「あの女がしていた宝石より、上の宝石が欲しいの!」


絞り出すように理恵子は顔を上げ声を出した。


「本当は私が主役で決定していたのに、次のあわせで突然あの女に主役が変わったのよ!

久しぶりの大きな舞台だったのに、演出家に理由を聞いても答えてくれない。

あの女が突然上手かったわけでも、私がその日調子が悪かったわけでも無い。

納得できずにしばらく経った頃、あの女が自慢げに仲間に話しているのを聞いてしまったの、その日していたペンダントが幸運を呼ぶ素晴らしい物だったのだと。

確かにあの日あの女は大きな宝石のついたネックレスをしていて、皆とても注目していた。

私も純粋に凄いと思ったわ。

でもたかが宝石でと思っていたけど、またしばらくして演出家達が話していたの、あの宝石がとても素晴らしくそれをしている彼女が主役のイメージに合うと思って選んだのだと」


最初は勢いよく話していた理恵子だったが、段々と力尽きるようにまた俯いてしまった。

ただ冬真は聞いているだけで、理恵子が話した後も何も言わない。

朱音はどうして良いのかわからずちらりと冬真を見れば、それに気が付いた冬真は心配させないように優しげな表情をして、朱音はほっとする。


「その宝石、見てみたいので写真をお持ちではありませんか?

例えば集合写真を撮ったとき彼女がしていたとか」


理恵子はそれを聞いてスマートフォンを出すと、画像を確認しているようだった。


「あ、あったわ」


「見せて下さい」


スマートフォンを理恵子から受け取ると、冬真はどこかの稽古場で集まっている女性数名の写真を指で拡大する。


「この人のしているネックレスですね?」


「そう。よくわかったわね」


十名近くいる女性はほとんどがネックレスをして大きな石のものをつけている人達も何人かいたのに、冬真はすぐにその相手をすぐに見つけ、しばらく画像を見ていた。


「彼女はこの宝石をどうやって手に入れたと言ってましたか?」


「確か親戚が舞台が成功するお守りとしてつけて行きなさいと言われて借りたとか言ってたかしら」


「なるほど」


「ねぇ、あなたさっきから色々わかったような顔してるわよね?」


「はは、まさか」


理恵子は苛立ったように言ったのに、冬真はいったん顔を上げ笑顔を見せるとまたスマートフォンに視線を落とした。

トントン、とノックする音で朱音が席を立ちドアを開けると、女性スタッフが申し訳なさそうな表情で立っていた。


「すみません、もう閉館準備に入るとのことで」


「わかりました、すぐに出ます」


冬真が笑顔で答えスタッフが顔を赤らめながらドアを閉めると、理恵子は早く進めて欲しそうな顔をしている。


「時間になってしまいました。

少しの時間話しを聞くだけ、ということをお話しして承知されましたのでキリが良いですしここで終了にしましょう」


「そんな!ちゃんと最後まで対応してくれないと!」


「無料なのに僕はまだ貴女に対応するのですか?」


理恵子が冬真のその言葉にひるむ。

冬真は笑みを浮かべているが、静かに怒っているような気がして朱音は冷や汗が出そうだ。

唇を噛みしめている理恵子に、


「そうですね。

僕の仕事の一つにジュエリーアドバイスというのがありまして、お客様からこういう洋服にどういった宝石が似合うのかというような疑問にお答えしているものなのですが、そちらでよろしければお受けしますよ?

費用は三十分につき七千円税抜きです」


そう声をかけた。

あの写真から気になることはあったが、今ある情報だけでもたどることは可能。

それにジュエリーアドバイスなどというものは実際はやっていないのだが、彼女の真意を見極めるためにも、そしてハードルをあげておいてそれでも来るのか確認するためにも冬真はそういう提案をあえてしてみた。

理恵子は何だか悔しそうに考えているようだったが、それでお願いするわ、と言うと冬真は名刺を渡し、まだ気持ちが変わらないようなら連絡を下さいと言って冬真と朱音は理恵子と別れた。