横浜山手の宝石魔術師






言われたドアの前で待っていれば、出てきたのは朱音を家まで送ってくれた真っ黒な長髪を後ろで束ねたあの男だった。

昨日と変わらずきっちりと黒のスーツ姿で、背は高いのだが細身なせいなのかあまり体型だけなら迫力は感じない、が、上から無表情で見下ろされ、別の圧力を感じて怖さを感じる。


「こちらへ」


その男に言われ屋敷に足を踏み入れると思わずこっそりと朱音は見回す。

入った場所すぐに靴を脱ぐための広めの玄関があり、用意されたスリッパに履き替えもうひとつ現れた上半分が磨りガラスのドアをその男が開ければ、二階まで吹き抜けのホールが現れた。

目の前には階段が右側から二階に向けてあり、木の手すりは時代を感じさせる色の濃さだ。

このロビーからも二階の通路が見えどうやらドアがあるのはわかっても部屋数はわからず、一階には目の前や左右にいくつかのドアが見える。

男は階段を上がる場所の左側にある、玄関から入ってほぼ正面にあるドアをあけ、朱音に入るよう視線を向けた。

ドアを開けている無表情の男にビクつきながら中に入ってみると、そこはリビングだった。

木の肘掛けのついた数人がけの大きなソファーと、木製の広いローテーブル、奥にはサンルーフのような場所があり、そこにも大きな一人がけ用のチェア、天井からつるされたチューリップ型のランプからは温かなオレンジ色が部屋を包んで、部屋を落ち着かせる。

男は朱音をソファーに座らせると、無表情のまましばらくお待ちくださいと言って部屋を出て行った。

朱音は部屋の中が気になって、失礼だと思いつつもせめて座って見ますので!と訳のわからない言い訳をしつつ部屋を見回す。

ここはプライベートな空間のようで、木製の古い本棚に外国の本なのか古い本がずらりと並び、壁には大きなテレビが取り付けられアンティークと近代的なものがあるのに不思議と馴染んでいる。

トントン、というノックする音がして慌てて真面目な顔をして朱音が座っていると、例の男が軽く会釈をして違うドアから片手に大きなトレーを持ち入ってきた。

ローテーブルの上にトレーから可愛らしい焼き菓子が沢山置かれたお皿、そして可愛らしいピンクの花柄のソーサーとカップを置き、ティーポットから静かに注げば爽やかな香りと共に薄い湯気が立ち上がった。

可愛いカップなだけに、これをこの無愛想な男が選んだのかと思うと笑えてしまう。

いや、多分冬子さんの趣味で可愛いものしか無いのだろう。

勝手に朱音は一人納得した。


「紅茶はエディアールのエディアールブレンドになります。

主(あるじ)はまだしばらく時間がかかりますのでこちらにてお待ちください。

そしてご用がある場合はこちらのベルを鳴らしていただければすぐに参ります。

決して、勝手に、こちらの部屋を出ないようにお願いいたします」


朱音を見ているようで見ていないように感じる真っ黒な瞳でその男が念押しするように言うと、クリスマスの音楽会で使いそうな小さなハンドベルを机に置いて会釈をすると出て行ってしまった。

朱音は男が出て行ったのをみて息を吐く。

あんなに、視界に入れないかのように冷たくあしらわれるとやはり凹む。

私のような庶民がうちのお嬢様に近づくなどもっての外!とか思っていそうだ。

それももっともだと思いながら透き通ったオレンジ色の液体に口をつければ、柑橘系の香りが優しくて、少し気持ちが楽になった。

お菓子をつまみ、紅茶を飲みつつ、時々スマホをいじりながら冬子を待つが、仕事部屋の音は全く聞こえない。

朱音は、冬子の方からわざわざ直接渡したいと言ってくれたことで、もしかしたらこれを機会にお近づきになれないだろうかとドキドキしながら、置かれているティーポットに被せられたキルティング製のカバーを取り外し自分でカップに注いで、自分の気持ちを落ち着かせながら冬子が来るのを待っていた。