「こんなとこにベビーカーで来るんじゃねぇよ! おらっ、さっさとどけよ!」

 挙句、荷物でぐいっとベビーカーのハンドルを押しやる。

「ご、ごめんなさい、すぐ……」

 果歩は恐ろしくなりながらもベビーカーのタイヤを救出しようとしたのだけど、こんな状況でスムーズに行くわけがない。

「ったく、今どきの子連れは常識もわからんのかね!」

 中年男性が嫌味を言ってきて、その険悪な空気と、それから果歩が怯えてしまった空気を察したようだ。

 航が「ふぇ……」と声を洩らすのが聞こえた。

 まずい、と果歩が思ったときには、航の泣き声が飛び出していた。

「あぁぁん……!」

 不安がピークに達したのだろう。

 大声で泣き出してしまう。

 しかしその泣き声は、この状況では火に油である。

「チッ! うるせぇんだよ!」

 中年男性はもっと顔を歪めて、大きく舌打ちをしたのだけど、そこで場に似合わない静かな声がした。

「うるさいのはあなたですよ」

 低い声。

 どこか冷たい響きを帯びていたけれど、その中に果歩は不思議な、既視感(デジャヴ)のような感覚を覚えてしまう。