婚約者を奪われ追放された魔女は皇帝の溺愛演技に翻弄されてます!


「ち……近すぎるってば!」
「近かったらダメなのか?」

 鼻先が触れ合うほどの距離で、眩しいほどのイケメンがなにか言ってくる。私の心臓が持たないから、早く離れてほしい。今だって変な汗をかきまくって大変なことになっている。

「ダメ!」
「どうして?」

 あの余裕げなレイの眼差しは、何度も見たことがある。
 このまま流されたらダメなやつだ。間違いなくレイに翻弄されて、私の寿命が縮む羽目になる。

「どうしても!」
「俺はセシルを愛してるから、もっと触れたいし触れてほしい」

 そう言って耳元で囁くように、甘い声を出さないで。
 宝物に触れるようにそんな優しく抱きしめないで。

「ひぃっ!」
「セシル」

 レイの劣情を孕んだ声は、私の耳朶(じだ)をダイレクトに刺激する。ぞくりと駆け上がってくる感覚がなんなのかわからなくて、ここから逃げ出したい。

「愛してる」
「……っ!」

 いつでも振り払えるくらいの力で、そっと抱きしめられてるのに、その腕から抜け出せない。離れたいのに、離れたくない。

「セシルの気持ちも聞かせてくれ」
「そ、それは、わかるでしょ」

 ああ、ついさっきまで気持ちをちゃんと伝えようと決心していたのに、こんな状況じゃ素直に言えない。もし言ってしまったら。

「セシルの口から聞きたい」
「……す」

 もうレイの青い瞳から逃げられない。

「好き……」

 レイがとろけるような微笑みを浮かべる。
 そっと重なる唇は熱くて、深く繋がるたびにレイの愛が心の奥まで染み込んでいった。