「かはっ……!」
いったい何が起きたのかと視線を巡らせれば、そこには元婚約者エルベルトとシャロンの姿があった。
「よし、やったぞ! 魔女を麻痺させた!」
「ちょっと、お前たち、エル様が魔女を抑えてるうちに、首を刎ねなさい!」
「なっ、なぜだ! シャロン、勝手なことをするな!」
「なに言ってるの、古代の魔道具も効かなかったのよ! こんなに危険な女は処分しないと危ないでしょう!?」
どうやらエルベルトがつけている指輪型の魔道具で、私の動きも呼吸も封じられているようだ。だけどふたりが口論しているから、兵士たちがどうしていいのかわからず、動けないでいる。
今のうちに闇魔法であの指輪を破壊すれば、まとめて眠らせられる。
私が身動きできないまま魔力を操作すると、両手から黒い雪の結晶がチラチラと舞っていった。あの魔道具のせいで、魔法の操作もうまくいかなくなっている。
「いいから! 早く首を刎ねて! 次に動かれたら、もう誰もとめられないわ!!」
シャロンの叫び声で、ひとりの兵士が剣を振り上げた。
私の首もと目がけて、斜め上からぎらりと光る剣が振り下ろされる。その切っ先を見つめながら、必死に闇魔法を操った。
ダメだ、まだこの大きさじゃ指輪を砕けない。
この魔力の濃度じゃ、指輪を切断できない。
鋭利な切っ先が私の首の薄皮を裂いて、熱い痛みが走る。
ダメだ、間に合わない。
まだ、まだここで死にたくないのに——
潤んだ視界に飛び込んできたのは、繊細な刺繍が施された上質な真紅のビロードのマント。
「セシル。すまない、遅くなった」
そして、あれほど会いたいと希った、悪魔皇帝だった。



